「先輩、歯の浮くようなセリフってどんなのですかね」
背の高い彼が少し腰を曲げて私の顔を覗き込むように聞いた。
「この宝石より綺麗だよ、とか?生まれ変わっても一緒になろう、とか?」
「成程。それで先輩はそう言うの嬉しいんですか?」
「好きな人に言われたらそりゃ多少は嬉しいんじゃない?」
彼は私の目をじっと見て、それから指を指した。彼の長い指がさした先には、ネオンライトの灯が色とりどりに光っている。
「この100万ドルのナンチャラと言われるものも、先輩の美しさには敵わない」
「なんちゃらって...締まらないなぁ」
ふふっと笑う私の右手をぎゅっと握った彼は歩き出した。
「先輩は地上に舞い降りたエンジェルですね」
「それはすごい酷いね」
「僕たちの出会いはまるでディスティニーのようだ」
「チョイチョイ言うその英語なんなの」
ははっと声を出して笑った私を彼は嬉しそうに見下ろしている。
「それじゃあ…」
そう言うと私の前に跪いた。片膝を立ててポケットから四角い箱を取り出した。コレは......テレビなんかでよく見る、アレじゃないの....?
「僕は先輩に会う為に生まれてきました。貴方の全てが愛おしい。必ず幸せにします。結婚してくれませんか」
「わ...勿論...すごい素敵...」
「泣かないで。ですが先輩の宝石のような涙はこの夜の景の何倍も綺麗です。」
「ああ、さっきは良かったのに...!今のはダサい...!」「なんと...難しいですね」
「もう普通にプロポーズしてっ」
「ははは」
#夜景
轟轟と空の向こうの奥の方から腹に響くような音がする。
チカチカと時折閃光を繰り出す雷の轟音と、沢山の雨粒を含んだ黒々しい夕曇が少しづつこちらへ向けてやってくる。
途端に窓に打ちつけられた、雨らしくないバチバチという音に胸の奥が何と無く不吉な、不穏な、胸騒ぎがするようだ。
毎朝毎朝、テレビをつければ胸糞悪いニュースが耳に届く。
どうしてこうも小さくて尊い命が毎日毎日なくなってしまうのだろう。
同じ年代の子を持つ親として胸が引き千切られそうな程の斬痛を覚える。
窓の外の荒れた天気は私の心を映しているようだ。
この憤りを、何も出来ないもどかしさを、言葉にできないこの思いを。
神様がいるのなら、どうかあの子がお空の上では苦しまないで済むようにして下さいと、あの黒い雲の上には晴れ晴れとした空が広がっていてほしいと、そう願いながら真っ黒な空を呪うように見つめた。
#空が泣く
目を覚ました。窓の方に目をやるとまだ外は薄暗い。周囲の静けさがまだ朝の早い時間だと教えてくれる。
視界が鮮明になる前に思い出したように携帯を確認した。仲のいい数人の女友達からの通知が何個かと親、兄妹からのスタンプ。
お誕生日おめでとう!
チカチカ光る文字と上部から降ってくる紙吹雪に埋もれそうな犬のキャラクター。
嬉しい気持ちとそれよりも大きい切ない気持ち。
彼からの連絡はなかった。
まだ朝だからかな。
もう少ししたら、お昼を過ぎたら、仕事が終わった時間になったら。
そんな風に待ち続ける。
#君からのLINE
「大丈夫ですか」
「うん。ねぇ、どこ?暗くて見えない」
「ここ、ここにいます。ほら、手を握って」
「ああ、良かった...何だか体に力が入らないの」
「大丈夫ですよ。私がいます。貴方が歩けなくても私が抱き抱えて歩けます」
「怖いよ」
「大丈夫。抱きしめていいですか」
「うん」
「愛してます。貴方をずっと抱きしめたかった」
「.....私もうダメなんだね」
「........私が、ずっと貴方のそばにいます。何も心配しなくていいんです」
「そっか。ずっと一緒にいてくれるんだ。それなら安心だね」
「ええ。永遠に、一緒です。さあ、ゆっくり寝て。お休みなさい、愛しい人」
#命が燃え尽きるまで
意識がふわりと浮上して目が覚めた。
部屋の中は薄暗く、だが鳥達の控えめな囀りがもう暫くしないうちに朝を迎えるのだと知らせている。
伸びをして時間を確認すると5時過ぎだ。
10連勤を終えて昨夜は20時には布団に入ったのだからこれぐらいに目覚めてもおかしくはない。
窓を開けてベランダに出ると少し冷えた静かな空気が体に纏う。
この空気も数時間もしないうちに忙しなく動き出すだろう。
今日は天気が良さそうだな。
布団を干して、溜まっている洗濯物を洗って、それから買い物に行こう。
1日の始まり、早朝のこの時間が大好きだ。
#夜明け前