遠野 水

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4/11/2026, 1:52:21 PM

言葉にできない

町に帰ったのはお金に困ったからだった
祖母と10年前まで住んでいた
祖母はひとり年金生活を送っている…はずだ
母は酒と男が好きで母親になれなかった女だ
この町のどこかで暮らしているだろう
バス停からほど近く祖母の家がある
私は鍵のかかっていない祖母の家に「ばぁ~ちゃ〜ん』と声をかけながら上がっていった
居間の扉を開けると
色の抜けたヘアカラーでやけに乾燥してパサパサな髪の女が立っていた
母親だった
私は「ばぁ~ちゃんは?」とひと言だけ尋ねた
母親は「久しぶりに会った母親に最初に言うのがそれかい」と面白くなさそうに言った
女は剥げかけたマニキュアの爪をいじりながら
「そこの町の施設」
そのまま無言で踵を返す私の背中に向かって「あんたが誰なのか分からないわよ、ボケちゃって」とため息混じりに古い板張りのローカに言葉を落とした
町の施設は直ぐ近くにあった
自分の簡単な住所と名前を書いて
祖母を呼んで貰った
祖母は車椅子に座って職員に押されてきた
生気の無い顔は右斜め下を向いたままだ
私は「ばぁ~ちゃん」と膝を付いて声をかけた
祖母はバッと私の顔を見て
嬉しそうに「あ〜あ〜」と言っている
「そうだよ、真美だよ」私は祖母の手を包んだ
祖母は「あ〜あ〜」と言うだけで
私だと分かっていないようだった
私は祖母に謝リたかった
だけど涙で言葉にできない
ばぁ~ちゃんは「それは年金の少ない生活費だから困るんだよ、困るんだよ」と懇願するのに
そのお金を持って私は家を出た
それなのに、祖母のこの姿を見るまでは
また金の無心をしようとしていた
クズだ、私は
祖母の膝に突っ伏して泣いている私の頭を祖母が声もなく撫でた、それは暖かくてやさしいあの頃の祖母の手だった

4/10/2026, 11:48:38 AM

春爛漫
『はるらんまんはるらんまんはるらんまん』
『何時ぞや何時ぞ 我に逢い給うた人よ』 
そんな声が聴こえるんだ
花粉症が酷くなって幻聴まで聞こえるようになったか…鼻のかみ過ぎで耳が変だもんな
『何時ぞや何時ぞ……逢い給うた人…』
凄い桜の花だもんな
この木って樹齢何年だろうな
それにしても大きな桜の木だな
なんだろう…何だか懐かしいような
微かに覚えてるこの場面
嘘だ、やめろや
そういう得体の知れないものは
俺は信じない……信じないけど
俺は心の中で誰かを待っている
誰を待っている
誰か来るのか
俺は動けないでいる
こんな凄い桜の木の下にいるんだから
写真撮って欲しいわ〜
「写真、撮りましょうか?
私も撮って欲しいんです」
「こんな感じで良いですか?」
「あ…はい」
「じゃあ次は俺、撮りますね」
俺はスマホのレンズ越しに
昔、愛した記憶の女性が立っていた
はっ……俺は泣いている
「どうかしましたか?」
「いや…花粉症が酷くて…目まで来ちゃって…幻聴も聞こえるし」
「逢い給うた人はアナタなのね」
その女性は俺の耳元で微かな声で言った
「何?それ」
「そこまでは覚えていないのね……小次郎」
「紗英」俺は呼んでいた
その女性は頷いて泣いていた 
こんな事って有っていいのか?
あ〰️花粉症とこの満開の桜に酔いしれ圧倒されているのか 
どうする……とりあえず
2人で写真でも撮って
「また会ってもらえますか」俺は自然と言葉に出していた…人生初のナンパだ
「もちろん」女性は微笑んだ
こんな事ってあるんだなぁ〜
なぁんか花粉症で良い事もあるんだな
俺はどこまでも花粉症の幻聴にしたい…
だけど俺はあの女性を「紗英」と呼んだ事の説明はひとつ
生まれ変わり
『はるらんまんはるらんまんはるらんまん』
『何時ぞや何時ぞ 我に逢い給うた人よ』

4/9/2026, 9:28:57 PM

誰よりも、ずっと

誰よりもずっと
子供で居たかった…
夏休み冬休みに集まって遊ぶ事を
簡単に手放せるなんて自分には出来なくて
周りは「欲しい物があるから」とバイトをするのが当たり前になっていた
自分はハイレベルな自転車なんか欲しくない
ママチャリで良かった
服だって今のある物で良かった
着飾る幼馴染ははキレイと言うよりも大人の女性になって行くようで距離が出来た
何よりも「暇なんだからバイトでもしようよ」と言われるのが胸にツキンと来た
自分はあの頃のままで良かった
昼はストリートバスケしたり
夜はゲームしていられたら
それで良かった
永遠に続くなんて思って無かったけど
みんな、徐々に大人になっていく
僕は休みはアルバイトの予定はない
ママチャリでひとり本屋行ったりゲーセンに行く
そうお小遣いの範囲内で…
みんな社会に出て働くのが怖くないんだな
働くのが嫌じゃ無いんだな
嫌と言うけどお金の為なら働けるって事は
立派な大人の称号を貰ってるみたいで
僕はそれと引き替えには出来ないと
子供のままで居る
年齢と共に大人になる素質ってきっと
みんなには備わっている
僕は少しだけ違う
人の幸せなんてそれぞれなんだし
僕だって学校を出たら働かなくちゃと思ってる
だから今はまだひとり、子供で居ても焦らなくていいんだ
働かなくていい時なんて
今と定年までしかなくなるんだから
もっと遊ぶ為にお金なんて要らない
子供のままで遊ぶよ
みんな、バイトがんばってね

4/7/2026, 10:46:58 PM

沈む夕日
僕は沈む夕日と君の背中を見ていた
僕はいつも君の少し後ろを歩く
部活で肩を怪我した後遺症で君は両手で鞄を持つようになった
丁寧に暮らしている儚げで強い君が大人に見えた
この景色を僕達は今日、卒業する
もう二度と見ることのない沈む夕日の中に居る君を眼差しの奥に閉じ込める
それでも薄くなっていくだろう記憶にセンチメンタルな気持ちで今を見ていた
君は後ろを歩く僕の横に来て
「一緒に夕日を見よう
この日を忘れたくないの
怪我して部活が出来なくなって
こうして帰る途中、泣いて立てなくなった私の泣き顔を見ないように気を使いながら
立たせてくれた……ありがとう」
「一緒に写真も撮ろう」と言う君の横で
照れ笑いをした
あれから毎日、僕だけがこの夕日をひとり
照らされて帰り道を歩く
僕も君ももうあの日あの時のように制服を着て
帰ることはない
だけど『思った以上に記憶って薄れないんだな』と呟いて、いつもの坂道を今日も明日も
僕は歩いて行く

4/7/2026, 12:12:51 AM

君の目を見つめると
桜の花びらが舞い降りていた
君は今、風に散りゆく花びらを見ている
昨年も今年も何気なく見ているけど
来年はどうかな?と思う
僕にはまだ未来を決定してしまうほどの
強い翼は持っていなくて
気を守る自信がない
そんな事を思っていた5年前
君は僕の元を去って新しい人生を生きている
僕はあの日と変わらずただ成長するだけの翼は持ったけど見た目だけ立派に見える翼は
案外脆い
あの時……遊びたい気持ちもあったんだ
まだ未来には君の他の女性を知りたい自分がいた
だけど…通り過ぎて行くばかりの人で
何にも残ってない…何か間延びした情けない自分がいる
この先も変わらないなんて思っている時点で
明るい先なんて無い
忘れていたんだ自分の事
多少ネガティブな自分には
多少アクティブな君が丁度良かったって
僕をアクティブにしてくれていたのは
君の明るさだったんだなって

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