海月

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1/7/2025, 10:19:43 AM

枯れ落ちた藻をぱらりと撒く。それらは風に乗り、北東への旅を始めた。良い風だ。ばしゃんばしゃんと船の巨体を軽く揺らす波も北東への旅路を進んでいる。こうしちゃあいられない!俺たち人間も海上の旅路を急がなければ。

「ヨーホゥ!お前ら、帆を張れ、舵を取れ!目指すは北東のあの港だ!俺たちの恋しい大地はすぐそこだ!追い風に乗れッ!」

景気のいい返事をBGMに船首に立つ。浮きかけた帽子を手で抑え、遠くに見える港町を眺めた。妻子の待つ愛しい街だ。この風ならば今週中に大地を踏めるだろう。

1/6/2025, 12:38:10 AM

「さむーーい!!」

隣に立つ少女が体を縮こまらせ、首に巻いた毛糸のマフラーに顔を埋める。少女はポケットからカイロを取り出し、両手で包み込むように持つと手の甲を温めるように白い息を手に吐き出した。
今日は風が強い。おかげで雲一つない快晴ではあるが、冷たい北風はぴしぴしと肌を痛めて通り過ぎていく。そのうち鎌鼬も現れそうな日だ。早く帰るのが吉だろう。

「風止んでくれたら、ちょっとは暖かいのに。」

そうこぼした瞬間に風が吹き、少女はあ゙ー!と苛立ちを込めて叫びながら小さな体を更に小さくしていた。

「バス来るまででいいから風止んでー!!神様ーー!!」

ヤケクソのように少女は叫ぶ。時刻表によればバスが来るまであと10分だ。その間、彼女は屋根も壁もない看板のみのバス停でバスを待たなければならないらしい。この時期に年若い少女が寒さに凍えるのも見るに堪えない。
仕方がない。今回限りだ。
手を天に掲げ、風に揺られる着物の袖が止まるのを待つ。降りてきた相手に暫しの間止めてやってくれと伝えると、相手は快く頷いた。仕事が多くて疲れていたらしい。

「……あ、風止まった……あったかぁ……」

少し時間が経ち、風が吹かなくなった事に気が付いたらしい少女は、冬晴れの陽だまりの中でほうっと息を吐いた。
社から動けないまま少女に声を飛ばす。

『明日は厚着してきなさい』
「はぁい。……えっ?」

きょろきょろと少女が辺りを見渡す。
全く、足なんて出すから寒いのだ。

1/4/2025, 8:58:02 PM

お幸せに。
そう言って私はあの子を送り出した。こうする以外の逃がし方が分からなかったから。

旦那様もご家族も優しい方々だった。政略結婚ではあるが、きっと大切にしてもらえるだろう。
暖かい部屋。ふかふかの布団。暖かなご飯に、少し熱めのお風呂。綺麗な着替えだって用意してもらえることだろう。冷たい物置に誂られた私室で薄く硬い布団に挟まり眠り、冷ご飯を食べて週に一度だけ水で体を清め、ボロボロになってしまった着物を直し直し着る。そんな今の生活より、ずっとずっと素敵な生活が送れるはずだ。
だから、私は悪女を演じて妹を送り出した。私はいい。事実、私は親に贔屓されているから。妹みたいな暮らしはしていない。やれ花嫁修業だ勉強だと口酸っぱく、過剰な程に言われているがそんなものは妹と比べれば些細なことだった。

どうか、貴女が幸せになれますように。

そう願いながら、私は家という監獄の中で目を閉じた。

1/3/2025, 9:55:15 PM

空の端が焼けたように鮮やかなオレンジに染まる。時間が来たのだ、と隣に立つ恋人の手を強く握った。彼も自分と同じ気持ちなのか同じだけの力で握り返されると、胸が締め付けられるような想いに駆られた。
愛しい人。この世界どこを見ても、どこを切り取っても、この人以上の存在には出逢えない程に大切な人。だと言うのに、祝福して貰えない。やめておけなんて言葉で済むのなら良い方で、罵倒を受けたり涙を流されたり……色々な反応を受けた。だから、逃げてしまおう、と。逃避行の言葉をこぼしたのはどちらが先か分からなかった。

「向こうだと祝福して貰えんのかな。」
「さぁ。ここよりも否定されたらどうする?」
「また逃げようぜ。地獄に落ちてもさ、そこでも逃避行だ。誰もやった事無いんじゃないか?」
「地獄で愛の逃避行なんて最高にロマンチックだね。」
「二人だけの最高の思い出になるだろ?」

そう言って彼が自分の頭に頬擦りする。さらさらでもふわふわでも無いというのに、よくやるよ。恋は盲目というやつなのだろうか?

「……愛してる。どうか俺と一緒に落ちてくれ。」
「無粋なこと言うなよ、僕も愛してるんだからさ。ねぇ、兄さん。」

靴を脱いで、キスをして。痛いかな、苦しいかな、俺が一緒にいるよ、ならいいか。そう言って俺たちは崖から飛び降りた。