【君の奏でる音楽】
雪くんは歌が上手い。音楽の先生にもよく褒められていたし、通知表の数字はいつも5だった。風鈴の音に合わせて鼻歌をする雪くんは、恥ずかしげに眉をひそめる。
「栞ちゃん。先生に褒められることも、通知表の数字も、本質じゃないんだよ」
「本質?」
「そう」
雪くんは照れ隠しをしようとする時、少し大袈裟な表現を使う。それを追求すると雪くんはますます恥ずかしくなってしまうらしいので、私は大人しく雪くんの話を聞くことにしている。
「あれは協調性の指標だから。先生の意図を汲んで、狙い通りに動くことができたら、褒められたり評価が高くなったりする。実際の上手さとはまた違うんだ」
「雪くんはそれが嫌だったの?」
私が聞くと、雪くんは困ったように笑った。
「嫌というか……うん、嫌だったのかも。なんか、ずるい奴みたいだろ」
雪くんは、死んじゃってから少し素直になったと思う。前だったら私を嗜めていたところだから。
【麦わら帽子】
今年の夏は静かだ。重苦しいくらいに青い空と、真っ白な日差し。暑すぎて誰も出歩かないからだろうか。アスファルトの上に人影は無く、陽炎だけがゆらゆらと動いている。
「たぶん、蝉が鳴いてないからじゃない?」
「蝉」
雪くんは物知りだ。私が何となく抱いた疑問に、そこそこ納得のいく理由をつけてくれる。
「暑すぎると蝉は死んでしまうんだって」
「いま何度?」
「38度。昨日も今日も明日も」
なるほど、それは静かに感じるはずだった。折角ループしているのに、どうしてみんな取り返しがつかない状態で始まってしまうんだろう。
「雪くんは、どうして死んじゃったの?」
私が聞くと、雪くんは笑ったまま首を傾げた。麦わら帽子がカサカサと揺れる。
「暑かったからかも」
【終点】
「終点があるということは、始点があるということだ」
生ぬるい空気を扇風機がかき混ぜる。こめかみから汗が垂れる。雪くんの白い手が、水色のチューペットをぱきんと割る。
雪くんはそのまま、片方を私にくれた。しゃくりと齧れば、喉をすべる氷のかけらがこころよい。
「このループを解消するには、始点が大事だと?」
「そう、始点の前に何があったのか。栞ちゃんは覚えている?」
私はカレンダーに目を向けた。始点は8/29、終点は本日の8/31だ。どちらも真っ白で、予定なんて何も書かれていない。
「8/29には何をしていたの?」
「何って……お葬式」
「誰の?」
「雪くんの」
日焼けした壁には、丁寧に皺をのした制服がかかっている。畳の上にぽたりと汗が落ちて、拭かなくちゃとぼんやり思う。
「僕のお葬式かあ……」
「そうだよ雪くん」
どうせなら、雪くんが死ぬ前にループして欲しかったなと思う。こんな何もかも終わった後に、ループしたって意味がない。