暖色と寒色、交互に照らされた夜道を踏み荒らしたくないので迂回した。
美しさとは想像を超える。
想像を超えるものは、やはり想像を超えて遥かに恐ろしいので、人は近づかないほうが良い。
それでも質感が気になって、手にすくってみる。
想像では柔らかな冷たさがあって、すっと溶けた。
実際には激痛に痺れがあって、じんわり熱を帯びたまま。
これが雪。
これが美しさの本性か。さらさらと溶けては消えず、べたりとした触感が残る。
それでも懲りずに、
逆さ箒の枝の幹。
座れない長椅子。
結べない星座。手を伸ばしてはいけないものの正体を確かめる。
明日は快晴。
細氷の眠りが夜道に敷き詰められている。
【スノー】
ホットなミルクに はちみついれて
きのスプーンでかきまぜる
ふんわりうかぶ やさしいできごと
あのひと こんやよくねむれていますよに
ベージュのカーテン
もう9じだもの
きっとまんまるね おつきさま
おきにいりのえほん
まだあったかな
ボロボロやぶれていたって いいの
いま なによりもふれていたい
すべてがあたたかで ありますように
むろん
すべてに かこも
ふくまれます
【ぬくもりの記憶】
不自然なことに気づいたの。からだの感覚が無くって。
夢の中でも、もう少し何かあると思うけど。うまく走れない怠さとか、熱を持たない痛みとか。
あとはなんだろう。忘れてしまった。
そうだ。
なんで貴方は怒っているの、とか。
どうして私は、謝っているの。とか……
やっぱり夢の内容って面白い。夢だと気づいたら、もっと面白い。
絶対に起こり得ないことに対しても、私は真剣に考えて。本気で向かって、全力で生きて。
莫迦らしい。
無駄な想像力に傷ついて。
目が覚めたら涙して。
現実はどう? 今朝見た夢よりも不自然じゃない?
何も思い通りにいかないじゃない。
回想して日記を付ける。他人のような私を書き留める。
体温なんて元から要らなかったのかも。
からだは芯から冷えていくの?
それとも末端から?
鉛筆がみつからない。いつも枕元に置いてあるはずなの。
【凍える指先】
膝のうえで筆を握り、黙り込む。目鼻の先にはまっさらなキャンバスが立っている。
優秀な生徒が賞を狙って描くものだ。
それが次の一筆でごみ箱行きになりそうだった。
「君は、なんというか。そうだね……」
側近のように覗き込む姿勢から、背もたれを回り込んで反対側へ。「そうだね、まるで」
その教師は右手の親指からみっつ数えて、下へ向け、空中で長いあしを動かした。
雪原を歩いているようだ――そう言って。
「よくわかりません」
「わかるだろうさ」
革靴の先をほんの少しだけ浮かし。「次の瞬間、ずぼりと雪に埋もれる感覚」
ゆっくり下ろす。
生徒がひとつふたつ瞬きをした。
絵筆を片時も手離さない。
「一歩先へ杞憂があるのに、目の前の景色はずっと続くと思い込んでる」
見渡すかぎりの真っ平らな白。しろ。シロ。
一面を塗り潰すような白があり、
辺りを覆い隠すような白もあり。
雪景色は日々生まれ変わっている。一刻、或いは数秒後にも。
「忘れているようだけど、君の目に線や面として映るものは、実はすべて点でできてる」
きっと。
遠くを想うあまり雪の中を駆けたとて、足跡の荒さを気にして都度振り返るのだろう。
――筆先に色をつけてから、キャンバスを見つめる今のように。
「そもそも君は、なぜ歩いているの?」
「抜け出したいから」
瞬間、落としかけた筆を生徒はまた取り損ねた。弾けた絵の具が点々と上履きに散る。
【雪原の先へ】
わた雲みたいに軽いかも。
湯気のように温かいかも。
指先で文字を描けるかも。
そんなに退屈にしてるなら、
試してみるのもいいかもね。
ほんとうだったら教えてよ。
あと少ししたら会えるから。
【白い吐息】