膝のうえで筆を握り、黙り込む。目鼻の先にはまっさらなキャンバスが立っている。
優秀な生徒が賞を狙って描くものだ。
それが次の一筆でごみ箱行きになりそうだった。
「君は、なんというか。そうだね……」
側近のように覗き込む姿勢から、背もたれを回り込んで反対側へ。「そうだね、まるで」
その教師は右手の親指からみっつ数えて、下へ向け、空中で長いあしを動かした。
雪原を歩いているようだ――そう言って。
「よくわかりません」
「わかるだろうさ」
革靴の先をほんの少しだけ浮かし。「次の瞬間、ずぼりと雪に埋もれる感覚」
ゆっくり下ろす。
生徒がひとつふたつ瞬きをした。
絵筆を片時も手離さない。
「一歩先へ杞憂があるのに、目の前の景色はずっと続くと思い込んでる」
見渡すかぎりの真っ平らな白。しろ。シロ。
一面を塗り潰すような白があり、
辺りを覆い隠すような白もあり。
雪景色は日々生まれ変わっている。一刻、或いは数秒後にも。
「忘れているようだけど、君の目に線や面として映るものは、実はすべて点でできてる」
きっと。
遠くを想うあまり雪の中を駆けたとて、足跡の荒さを気にして都度振り返るのだろう。
――筆先に色をつけてから、キャンバスを見つめる今のように。
「そもそも君は、なぜ歩いているの?」
「抜け出したいから」
瞬間、落としかけた筆を生徒はまた取り損ねた。弾けた絵の具が点々と上履きに散る。
【雪原の先へ】
12/8/2025, 10:45:27 PM