懐炉 @_attakairo

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11/20/2025, 2:40:06 PM

箱をもらった。手のひらに収まるくらいの立方体を。
しかし開けるところが無い。
慎重に角を押さえて観察してみる。蓋になりそうな継ぎ目は、どこにも無い。
質量については何ともいえず。あるような、ないような。どうにも持て余してしまうので、耳元で軽く振ってみた。

「はあ、振るのかい」

箱をくれた相手が何ともいえない顔をする。
「振ってはいけないものなのか」
「いいや?」
相手は一言、面白いと。顎に手をやり。
書き損じて一度は丸めたが、やはり重要なものであるからと丁寧に伸ばされたような皮膚の皺、節々。それらへの短い視線も相手には見られている。
 問われる。なぜ箱を振ったのか。答える。中身を知りかったから。
 問われる。箱の中身は重要だと思うか。答える。外から確かめられない限りは重要である。

「それで、何か音はしたかい」
「いいや」
 ふん、と相手が鼻を鳴らす。「つまらん生よ」

箱はかたち変わらず手中にあった。
「つまらない?」
くだらない、の間違いではないか。改めれば何とも脆く、握力どころか指先で潰えてしまいそうな箱である。
 沈黙がながれたが、今更取り上げられることはないようだった。
「いいかね若い者。そも、箱に意味を求める姿勢が愚かしく、面倒なものよ」
しかし面白いと、声をひそめ。
「軽率に振る舞い、思いも掛けないことを待つ」
「それこそが醍醐味じゃあないか」
「……おや、そうかい?」
「先程たしかに、箱は唄っていたと思うがね」
 もういちど耳をあててみる。

【見えない未来へ】

11/20/2025, 9:59:24 AM

「終わったんだね」
 みなまで言わない君に合わせて頷く。
「意外とあっさりしてるよね。あんな大袈裟に始まったのに」
 高らかに宣言し、煽てて、引き連れて、巻き込んで。
 夢を語られ、心揺さぶられ、肩も揺さぶられ……
 いつの間にか人が増え、翻弄され。
 寝不足に笑って、無駄な汗をかいて。
「楽しかったな」
 始まりは誰だったのか。今となってはもう、わからない。
 前をゆく数々の背中が少し遠のいた。
 君につられて僕が足を止めたから。
 あの日、あの場所で、あの瞬間のように。

【吹き抜ける風】

11/18/2025, 3:00:46 PM

 少年の手元でくるくるキュルキュルと、棒に付いた何かが回っている。
「かざぐるまって言うんだよ」
 詩人は目をまるくしていた。雲も流れない穏やかな暮れの、なだらかに広がる草原で、止まらぬ速さのそれだけが異質に映る。
「おれ、風売り。ここに兄ちゃんの欲しいものはあるかな……」
 ひょいと降りて、椅子にしていた木箱を漁りはじめた。もう売り物じゃないからと渡されたかざぐるまを、詩人はやはりじっと見つめた。
「これは空を飛びますか」
 飛ばないよ! 風売りは笑う。

「いろいろね」
 売ってるんだ、と草むらにガラクタが転がり出す。詩人が生きるなかで出会わないものばかりだった。仕掛けのありそうな品も、重厚な装飾が施された品も、風売りの手元では軽々と扱われる。
 そのうち古びたランタンの中心に火がともると、あらゆるものから影がのびた。
 詩人はだまっていた。
 炎は煌々と揺れていた。
 ぼんやり映るが、やはり異質なものだった。

「これは空を飛びますか」
「飛ばないよ」
 すでに風売りは表情を隠さなかった。「あのさ、なんで飛ぶと思うわけ? 羽なんて付いてないでしょ」
 そうですね、と詩人が。
「でもこの灯りが夜空に浮かんだら、綺麗だと思います」

 少年は少しの間だまっていた。
「まだ出会ったことのない美しさがあると思います」
 目蓋を閉じる。
 そうかもね、と少年が。
「風がなくても飛ばせると思う?」
「ええ。きっと」
 風羽根は四枚。
 思い出したようにくるりとまわった。

【記憶のランタン】

11/17/2025, 12:25:49 PM

カレンダーをめくるよりも、ココアにマシュマロを浮かべたとき。
マフラーを巻くよりも、コートにスノーフレークが付いたとき。
トッピングに雪だるまが乗るよりも、スープで舌をやけどしたとき。
ウィンドウディスプレイが先取るよりも、プレゼントの中身に悩むとき。


寒くなったねと言い合うよりも、
互いの熱から離れがたいとき。

年の瀬の慌ただしさを思うよりも、
新しい夢が心にひとつ浮かんだとき。

【冬へ】

11/16/2025, 12:23:05 PM

 導線の細かな灯りが、垣根や花壇の縁取りに沿って引かれている。他にだれも出歩かない静かな庭園の夜だった。
「今夜は星も見えませんね」
 男がゆったりと首を反らして呟いた。「先程のお話ですが……」
 二人は近い距離にありながら、足取りは重く、ここに光さえ差し込めばウエディングロードをともに歩む姿と変わらなかった。男は迷いなく行先を見据え、女は携えた花に視線を落とす。
 空は暗雲立ち込めている。互いに数度、口を開きかけては閉じた。
「どうか、お気になさらないでください」
 白い石段を下りたところで男が言った。「きっとこれが最期になります」

 湖は黒く、なみなみとあった。漕ぎ出したボートに二人は乗っていた。向かい合う相手の輪郭もなぞれない。
 明かりが欲しいわ。
 女が呟いた。男は笑って、
 水面を覗いてご覧なさいと言った。

【君を照らす月】

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