薄く、雪が積もりはじめる季節だった。
巷で出会った労働者に、とにかく立ち止まる時間を作れと助言を受けた。煉瓦を積むときも、運ぶときも、怒号が飛び交うなかでも、澄み切った時間が必要だ。
考えないのではなく、感じるのだと。
「あんたの場合は立ち止まることがそれにあたるな」
歩き続ける仕事なんだろ。
仕事というものが生活を成り立たせ、生活が人生を成り立たせているのなら、たしかにその通りだと思った。
歩き続けること。
それが自分の仕事である。
切り株をはたいて腰を落ち着ける。葉の重なりを見上げれば、音は層を増し、遠くの景色をも拾えるようになった。
澄み切った、とはこのことだろうか? 感じるとは?
もう何度目か、今日の仕事を振り返る。
雪道は靴のかたちを憶えていたが、ところどころ、枯れ葉の積もった地面が見える。
【木漏れ日の跡】
「きっと幸せになれるはずよ」
大丈夫だからと頭を撫でられ、抱き締められた日々は終わり。瞬きで明日を見送るだけの人生へ。それも今や沈殿して、微かな対流には浮かばない。
「だって、みんなに愛される性格をしているもの」
そうかもしれない。
「楽しいことを見つけるのは得意でしょう?」
そう、なのかもしれない。
「昔から運が良かったじゃない」
そうだったのかも、しれない……
「幸せになれるわ。絶対に!」
魔法はとっくに消えたけど、呪いは解けずに付いてくる。きっと幸せになれるから、幸せになるために、しあわせにならないといけない。
乾いた空気に泥沼が固まって、身動き取れなくなっても尚、もがき続けるひと。両の手のひらが合わさった瞬間、誰か微笑んだようで。
【祈りの果て】
ころころ、ころがり、穴に落ちる。深くふかく降りてゆく。
たどり着かない底のほう、ぴかりと光る棘がある。
触れられないほど切っ先が育ち、
目を向けられないと痛みを放つ。
呼吸のように、鼓動のように、膨らんでは広がって、ぱちりと弾けて点になる。
こころひろがり恋おちる。ぽたりと滴り
染みとなる。
ただそこにいて見上げることだけ。
【心の迷路】
なんだかすべてが、しんとしていたので、
貴方は利き手をうごかした。
音は立たない。
音をたてず、持ちあげて、水面を
ながめている。
貴方をながめていると、手が震えていることに
気がついた。
水面が震えるようにゆったりと、その手を
揺らしている。
波は立たない。波をたてず、貴方が口を開く。
ひとくち飲む、
ふりをする?
そして席を立つのだろう、と思って
待っていた。
冷めてしまうまで待っていた。
空になるまで、待っていた。
【ティーカップ】