薄く、雪が積もりはじめる季節だった。
巷で出会った労働者に、とにかく立ち止まる時間を作れと助言を受けた。煉瓦を積むときも、運ぶときも、怒号が飛び交うなかでも、澄み切った時間が必要だ。
考えないのではなく、感じるのだと。
「あんたの場合は立ち止まることがそれにあたるな」
歩き続ける仕事なんだろ。
仕事というものが生活を成り立たせ、生活が人生を成り立たせているのなら、たしかにその通りだと思った。
歩き続けること。
それが自分の仕事である。
切り株をはたいて腰を落ち着ける。葉の重なりを見上げれば、音は層を増し、遠くの景色をも拾えるようになった。
澄み切った、とはこのことだろうか? 感じるとは?
もう何度目か、今日の仕事を振り返る。
雪道は靴のかたちを憶えていたが、ところどころ、枯れ葉の積もった地面が見える。
【木漏れ日の跡】
11/15/2025, 3:59:19 PM