「終わったんだね」
みなまで言わない君に合わせて頷く。
「意外とあっさりしてるよね。あんな大袈裟に始まったのに」
高らかに宣言し、煽てて、引き連れて、巻き込んで。
夢を語られ、心揺さぶられ、肩も揺さぶられ……
いつの間にか人が増え、翻弄され。
寝不足に笑って、無駄な汗をかいて。
「楽しかったな」
始まりは誰だったのか。今となってはもう、わからない。
前をゆく数々の背中が少し遠のいた。
君につられて僕が足を止めたから。
あの日、あの場所で、あの瞬間のように。
【吹き抜ける風】
少年の手元でくるくるキュルキュルと、棒に付いた何かが回っている。
「かざぐるまって言うんだよ」
詩人は目をまるくしていた。雲も流れない穏やかな暮れの、なだらかに広がる草原で、止まらぬ速さのそれだけが異質に映る。
「おれ、風売り。ここに兄ちゃんの欲しいものはあるかな……」
ひょいと降りて、椅子にしていた木箱を漁りはじめた。もう売り物じゃないからと渡されたかざぐるまを、詩人はやはりじっと見つめた。
「これは空を飛びますか」
飛ばないよ! 風売りは笑う。
「いろいろね」
売ってるんだ、と草むらにガラクタが転がり出す。詩人が生きるなかで出会わないものばかりだった。仕掛けのありそうな品も、重厚な装飾が施された品も、風売りの手元では軽々と扱われる。
そのうち古びたランタンの中心に火がともると、あらゆるものから影がのびた。
詩人はだまっていた。
炎は煌々と揺れていた。
ぼんやり映るが、やはり異質なものだった。
「これは空を飛びますか」
「飛ばないよ」
すでに風売りは表情を隠さなかった。「あのさ、なんで飛ぶと思うわけ? 羽なんて付いてないでしょ」
そうですね、と詩人が。
「でもこの灯りが夜空に浮かんだら、綺麗だと思います」
少年は少しの間だまっていた。
「まだ出会ったことのない美しさがあると思います」
目蓋を閉じる。
そうかもね、と少年が。
「風がなくても飛ばせると思う?」
「ええ。きっと」
風羽根は四枚。
思い出したようにくるりとまわった。
【記憶のランタン】
カレンダーをめくるよりも、ココアにマシュマロを浮かべたとき。
マフラーを巻くよりも、コートにスノーフレークが付いたとき。
トッピングに雪だるまが乗るよりも、スープで舌をやけどしたとき。
ウィンドウディスプレイが先取るよりも、プレゼントの中身に悩むとき。
寒くなったねと言い合うよりも、
互いの熱から離れがたいとき。
年の瀬の慌ただしさを思うよりも、
新しい夢が心にひとつ浮かんだとき。
【冬へ】
導線の細かな灯りが、垣根や花壇の縁取りに沿って引かれている。他にだれも出歩かない静かな庭園の夜だった。
「今夜は星も見えませんね」
男がゆったりと首を反らして呟いた。「先程のお話ですが……」
二人は近い距離にありながら、足取りは重く、ここに光さえ差し込めばウエディングロードをともに歩む姿と変わらなかった。男は迷いなく行先を見据え、女は携えた花に視線を落とす。
空は暗雲立ち込めている。互いに数度、口を開きかけては閉じた。
「どうか、お気になさらないでください」
白い石段を下りたところで男が言った。「きっとこれが最期になります」
湖は黒く、なみなみとあった。漕ぎ出したボートに二人は乗っていた。向かい合う相手の輪郭もなぞれない。
明かりが欲しいわ。
女が呟いた。男は笑って、
水面を覗いてご覧なさいと言った。
【君を照らす月】
薄く、雪が積もりはじめる季節だった。
巷で出会った労働者に、とにかく立ち止まる時間を作れと助言を受けた。煉瓦を積むときも、運ぶときも、怒号が飛び交うなかでも、澄み切った時間が必要だ。
考えないのではなく、感じるのだと。
「あんたの場合は立ち止まることがそれにあたるな」
歩き続ける仕事なんだろ。
仕事というものが生活を成り立たせ、生活が人生を成り立たせているのなら、たしかにその通りだと思った。
歩き続けること。
それが自分の仕事である。
切り株をはたいて腰を落ち着ける。葉の重なりを見上げれば、音は層を増し、遠くの景色をも拾えるようになった。
澄み切った、とはこのことだろうか? 感じるとは?
もう何度目か、今日の仕事を振り返る。
雪道は靴のかたちを憶えていたが、ところどころ、枯れ葉の積もった地面が見える。
【木漏れ日の跡】