貴方にとって何でもない日をお祝いしよう。
私にとっての神様は貴方だから。
「イブの夜」 白米おこめ
クリスマスプレゼントは貴方の好物がいいな。
今日の夜中に枕元に置かないと。
あなたへの贈り物、ねぇ、ねぇ、喜んでくれるかな。
目を覚ましたあなたはどんな顔をしてくれるかな。
ぎゅっと箱の中にしまって、
腕を折り畳んで、脚を折り畳んで、
わたし中から蓋をするの。
箱にも物にもリボンを沢山巻き付けているよ。
開ける時にちょっと大変なくらいが楽しいでしょ?
ねぇ、ねぇ、ワクワクしてくれるかな。
私そうやって今日は冷たくて暗いところで
小さく小さく丸まって眠るの。
あなたのために一晩だけ我慢するの。
きっと起きたら、暖炉の前に私を翳してくれるよね?
明日からはきっとあなたの側に置いてくれるよね?
こんな冷たい箱越しじゃなくて、あなたと目を合わせて、
毎日一緒に過ごせるよね?
だからサンタは私を箱に詰めたんだよね?
この箱が段ボールでも関係ないよね?
明日がゴミの日なんて関係ないよね?
私もう一回、あなたのプレゼントになれるんだよね?
「プレゼント」 白米おこめ
ぷかりと浮かぶ黄色を指でつつく。
人差し指と中指を交互に、横断歩道を歩くようにして。
沈めばすぐぽわんと浮かぶ黄色。
表面はでこぼこしていて、整備されていない
田舎のアスファルトのようだ。
湯気に混ざる柑橘の香りを胸いっぱいに吸いながら、
窓を開けて初雪を眺め、白い息を吐く。
風に舞って入り込んだ結晶と一緒に、
自分の疲れがじんわりと溶けていった。
「ゆずの香り」 白米おこめ
並々と愛を注いだコップを飲んで飲んで飲んで、
半分残った時に愛されているとまだ思えるのか?
「愛を注いで」 白米おこめ
後輩は、何でもないふりが得意だった。
嫌味な上司に理不尽に怒られているのを見かけて、
咄嗟に割り込んでは庇ったことが何回かあった。
ほとぼりが冷めた頃、様子を探るように話を聞くと、
彼女は決まって「庇ってもらってすみません」と
申し訳なさそうに笑った。
定時であがりたいだけの人に仕事を押し付けられて、
二人で残業をしている時も彼女は愚痴を言わなかった。
それどころか、「手伝いましょうか」だなんて山積みに
なった自分のデスクを指差して気遣うように笑ってみせた。
いつ聞いても、彼女は決まって「大丈夫ですよ」と答えた。
名ばかりの教育係で、まともな事一つも教えられない自分を
気遣ってくれていることには、薄らと気がついていた。
定時を2時間ほど過ぎた頃、彼女は給湯室で紙コップを2つ手にとった。一つをコーヒーメーカーに置いて、迷わずにブラックのボタンを押す。静かな空間にコーヒーの注がれる音が流れはじめて数秒、彼女はぽつりと声を零した。
間違えた、と。
淹れ終わった後も切れ悪く出続けるコーヒーの滴下を眺めながら、彼女が溜息をつく。もう片方に持っていた空のコップをコーヒーメーカーの横に置いて、机にもたれかかる。
彼女がコーヒーを淹れるところは何回か見た事があるが、好んで飲んでいるのは紅茶だった気がする、と何となくいつもの残業風景を思い出す。自分の僻見もあるだろうが、彼女がコーヒーを淹れる時は、いつも…と、機械に置かれたままの紙コップを懐かしく眺めていると、そのコップを彼女がするりと取り出した。
そうして、ぐ、と一気に煽った。ブラックなんてよく飲めますね、だなんて言われた過去の記憶を疑っていると、飲みきった彼女が思いっきり顔を顰める。にが、だなんて呟いて紙コップをゴミ箱へ捨てる姿に、子供っぽさを感じて面食らう。こんなに負の感情を出している彼女を、自分は初めて見た気がする。見せてくれなかったのか、それとも、単に自分が引き出せなかっただけなのか。こんなの飲んでたら寝不足にもなるなあ、だなんて言いながら口直しだろう紅茶を淹れる姿に、なぜだか酷く心が揺らいだ。すり、と自分の目の下に残っているであろう濃い隈を撫でる。自分に向かって言っている、んだと思った。流石に、自意識過剰ではないと信じたかった。
彼女はそんな事も知らずにティーバッグをゆるゆると揺らして、溶け出していく色を静かに眺めている。濃くなったカップの底からバッグを持ち上げて、コーヒーと同じようにぽたりと垂れる水滴を眺めていた。
「…気づけなかったなあ」
また、ぽつりと言葉を呟く。
その言葉のように、ティーバッグから落ちる水滴のように、彼女の目から涙があふれてこぼれた。
息が詰まる。焦った心のまま、
咄嗟に指先でその涙を拭おうとして、
指がずるりと頬をすり抜けた。
「…本当に、大丈夫だったんですよ」
ぐす、と鼻を鳴らして、彼女が紙コップを掴む。
不安定な力が入って、中の水面がぐらりと揺れた。
何でもないふりが、得意だったのは。
「何でもないフリ」 白米おこめ