例えば、学校から帰る時。
傘を差さなくてもいいくらいの、細かな雨が降っていて。
どうしようかなあと思って、薄灰色の雲を見つめる時。
屋根から差し出した手に、雨がぽつりと当たった時。
例えば、仕事の休憩時間。
誰も居ない休憩室で、静かに携帯を眺めている時。
ペットボトルの結露で指先が湿る時。
食べ終わった後のビニール袋が、ゴミ箱の中に見える時。
…あなたの、例えばの中に。
私の書いた文章が、入ればいいなと願っている。
「哀愁を誘う」 白米おこめ
鏡の中の自分を見ると、これが今こうやって
考えているのだなあと思う。
今、この文字を読んでいること。
スマホを持っている手が視界にあること。
一人称視点だ。ずっと。産まれてからずっと。
鏡を見ると思う。
私は“私の世界”の主人公だと。当たり前ながら、改めて。
周りの人のことを考えて、というのも分かるけど、
主人公なのだから、
その他のことはただのイベントでしかないのかも、と
思うこともある。
鏡を触る。勿論、鏡と私の間で指先が触れ合う。
指先がじわじわと冷たくなる。
触れている部分に、体温が移る。
そうやって混ざり合って、体温が等しくなって。
それでも、私が動くから鏡の中の私が動くのであって。
どうやっても、この世界の主人公からは逃げられないのだ。
向こうの私が、鏡の中から逃げられないのと同じように。
「鏡の中の自分」 白米おこめ
眠りにつく前に、ひとりぽつり。
明日は貴方の誕生日だなあと思いついて。
誕生日を祝われる貴方のことを考えて、
周りの人に恵まれた貴方に、
邪険にしつつも嬉しそうな貴方の顔に、
勝手に心を綻ばせ。
そこに私がいないことに、勝手に心を痛ませて。
人間って本当に身勝手なのね、と思ってみたり。
ここにはいないひとを想って泣くなんて、私達だけかしら。
貴方達にとっての幽霊は私なのね。
貴方達から見れば、私が幽霊側なのね。
いいよ。
私が老いて死んだのならば、
火葬場で骨をひとつ盗んでくださいな。
その骨を薄く伸ばして、栞にでも加工して、
キャラクター紹介ページに挟んでもらうから。
……そうやって、貴方の誕生日が来るたびに。
永遠の眠りにつく前に、
貴方と逢える方法を探している。
「眠りにつく前に」 白米おこめ
伊武くん誕生日おめでとう
もう一つの物語。
例えば、テスト前にちゃんと勉強した私の物語。
例えば、あの時に謝れた私の物語。
例えば、昨夜潰した蚊の物語。
今朝割った卵のひよこの物語。
電車に飛び出したあの人の物語。
あったはずの物語。私が書き損じた物語。
もう一つの物語。
例えば、補修の時間で仲良くなった友達との物語。
例えば、謝れなかった後悔を覚えている物語。
例えば、昨夜殺し損ねた蚊の物語。
朝食に目玉焼きを食べた私の物語。
ホームに花束を添えて生きる私の物語。
なかったはずの物語。私が書き連ねた物語。
どちらも、等しく。
「もう一つの物語」 白米おこめ
帰宅途中の水たまりを踏んだら
そのまま沈んで世界から私がいなくなり
暗がりの中でただ遠くなってゆく信号の揺らぎをみている。
「暗がりの中で」白米おこめ