文章の始まりはいつも、一マス空ける。
それって、何でだろう。
ちょっと、奥ゆかしさを出すというか。
一歩引くことで「今から始まりますよ」っていうのを
伝えてるのかも。
読んでいる人が、読むぞ、っていう切り替えができるように
っていう、配慮なのかも。
調べれば出てくるのかもしれないけど、
まずは自分で勝手に考えてみる。
絶対に違うだろう、絵本の中のような理由。
それを想像できる自分の単語の蓄積。
なんだかんだ、まぁ、悪くないと思うんだ。
「始まりはいつも」 白米おこめ
やわらかな光が瞼に注ぐ。
うっすらと目を開けて、天井に焦点を合わせていく。
そのまま視線だけをずらして、
僕はぼんやりとカーテンを見つめた。
扇風機の首振りに合わせて、
隙間から漏れる日差しが揺れている。
毛布の小さな隙間から、温もりが逃げていく。
閉じ込めるようにもう一度深く被り直して、
深く、ため息のように息を吐いた。
眩しい、と。
勝手にカーテンを閉める君がいないこと。
二度寝を誘う声がないこと。
毛布の隙間を埋める、温もりがないこと。
やわらかな陽射しは、あの頃の彼女のようで。
僕は彼女に会うために、そっと、瞼を閉じた。
閉じたせいで溢れてしまった涙が、頬を伝って耳へ落ちる。
その冷たい感触が、彼女の触れる指先の温度に似ていて、
どうしようもなくなった。
やわらかな陽射しが、閉じた瞼を追いかける。
眩しいだろうから、目を開けたくない。
どうかこのまま、沈むように眠らせてほしい。
もう一度目を覚ました時、
君の指先の温度を思い出すものが
涙じゃなくて、やわらかな陽の光になるように。
「やわらかな光」 白米おこめ
「で、誰のことが好きなの」って、それ、そんな鋭い眼差しで言う言葉じゃないと思う。2月にチョコを持って彷徨いてた私が悪いかもしれないけど、これ自分用なんです。いや信じて。どんどん鋭く機嫌悪くなる目つき。違うんです、席替えしたばっかりだから前の自分の席に行っちゃっただけで、それで慌てて戻ろうとしたから挙動不審になっただけで。このチョコは誰のものでもない自由のチョコなんです。そもそも、市販の安物のチョコそのままだし。流石の私でも、人にあげるってなったらもうちょっとちゃんとしたの渡すと思う。意中の相手なら、尚更。
というか今日13日じゃん。冬とはいえ、チョコを一日前から机にスタンバイさせるのは良くないんじゃない?…と、ここまで言って、やっと彼の説得に成功した。もはやドラマの尋問する警官みたいな顔してたよマジで。もうちょっとでカツ丼たべれるかと思った。
「…じゃあさ」
若干反省というか、寂しそうな顔をしている
彼が口を開いた。
「そのチョコ、明日俺に渡して」
え、と声が先に出た。食べるなよ、とだけ言ってそそくさと出て行った後のドアをポカンと見つめる。手のひらに残るのはもう食べれなくなったチョコレート。陳腐ななぞなぞの答えのようだ。…とにかく、この安物チョコレートをなんとか包装できる代物を、今日中に用意しなければならない。人にあげるとなると、ちゃんとした物に仕上げるべきだ。
そう、意中の相手なら、尚更。
お題「鋭い眼差し」 白米おこめ
高く高く舞い上がるしゃぼん玉を見ている。
巻き上がる風に乗って、
あの歌のように屋根まで飛ぶだろうか。
太陽の光に目が眩んで、薄い輪郭が見えなくなる。
球体のプリズム。虹色を初めて教えてくれたきみ。
どうか壊れないで、僕のもとに戻ってきて。
これは恋のおまじないなのだから。
シャボン液に口付けた苦いキスを、きみに。
「高く高く」 白米おこめ
放課というのは、地域によって表している時間が違うそうだ。私は放課後といえば授業が終わった後の時間のことなのだが、他の地域の人と同じなのだろうか。あんまり詳しく言うと住んでいるところがバレそうだから、この辺でやめておくけれど。
夕暮れが差し込む窓際から、蝉の声が聞こえる。蝉という生き物は大抵が五月蝿くて嫌になるが、ヒグラシだけは別だろう。カナカナと優しめの声が響くところに風情を感じるのは、他の蝉達にはあまり面白くないことだろうけれど。まぁ、夏を感じさせるといえばそうなのだが、いかんせん暑さを倍増させるような声だからいけないのだ。いきなり飛ぶのも。
階段を下る。一つ段を降りるごとにリュックが揺れて、中の教科書が動く音がした。テスト週間に入ろうとしている今、教科書の持ち帰りでリュックはパンパンに膨らんでいる。歩くたびに肩にのしかかるものだからたまらない。下駄箱から学校規定の白い運動靴を出して、少し土を落としてから履く。山へ帰る途中なのか、カラスが鳴いている。いつも通り、なんてことない帰り道だ。田んぼの上を飛び回る赤とんぼも、キィキィ音がする古い自転車も。
ただ、彼が居ないだけ。
下駄箱の靴がずっと無いのも、上履きすらも片されているのも。カラスが鳴いたら絶対に空を見上げて探す横顔も、とんぼが止まらないかと指を差しながら歩く姿も。
二人乗りをしてから変な音が鳴るようになった自転車もそのままで。ただ、彼が居ないだけ。他の蝉がいなくなっても、ヒグラシが変わらずに鳴いているのと同じように。夏が終わることを告げるために、わたしたちは変わらずに生きて、ないている。
「放課後」 白米おこめ