伝えるって、難しい。
私の好きな人は、ちょっと鈍感。
なにをしても、
「好き」
「寿司?」
どう頑張っても、
「これ、本命チョコだから!
「おっけ。誰に渡せばいい?」
上手くいったためしがない。
「私、一日中、佐原のこと考えてるんだけど」
「うわ、ごめん。この前貸してもらってた千円返してなかったな」
放課後、日直の仕事がまだ終わっていない私たちは、二人だけで教室に残った。
「日直ってなんでこんな仕事多いんだよ。はやく部活行きて〜お前は?面倒くさいとか思わない?なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「別に。私は面倒くさくはないかな。好きな人とだし」
「・・・え?」
「え?どうしたの?」
あれ、私、今、何て言った?
「お前・・・おれのこと好き、なのか?」
いや、いい。
「・・・うん」
伝わるなら、
「い、いつから?」
今、伝われ。
「そ、そん!え!?ガチ!?」
「ガチ。ていうか、今までずっとアピールしてきたのに、あんた全然気づかないんだもん」
フるなら、今フッてほしい。
「え、いやだってさ、お前みたいな、高嶺の花?が、おれのこと好きとか思わないだろ!」
は?高嶺の花?私が?
「いや、すげー嬉しいけど、嬉しいのに、告白とかされたの初めてだから、どうすりゃいいのか・・・あのさ、ちょっと考えてもいいか?」
「いいけど・・・今日は、この仕事終わらせなきゃ帰れないよ」
「あ、そう、だったな!」
まだ明るい教室に、ホチキスの音がパチンパチンと気まずそうに響いた。
太陽みたいな人になりたかった。
誰からも好かれる、そんな存在。
「美川さん学級委員やるらしいよ」
「マジ?成績良い人だけどさ、キャラじゃないよね」
「ね。目立ちたいのバレバレ。迷惑だわ」
女子トイレで、最近よく聞く、こんな会話。
「ごめん、美川!」
目の前では、男友達の陸が手を合わせて深々と頭を下げている。
「いいって、別に」
「いや、良くない!俺が立候補しろとか言ったばかりにお前が目立ちたがりみたいなことになって・・・」
「ちがうよ。確かに、最初はすすめられたからだけど・・・今は、私が、やりたいと思ってるの」
「美川・・・」
そのとき、教室にバタバタと駆け込んでくる、数人の生徒。
「「「香奈〜!!」」」
みんな、私の親友。
「大丈夫?変な悪口とか言われてるけど、気にしなくて、いいんだからね」
「私たちがいるってこと忘れないで」
「飴ちゃん食べる?」
「大丈夫だよ。みんな、大げさだな」
誰からも好かれるのは無理だけど、
「ありがとう。心配してくれて。みんながいること、忘れてないよ」
本気で心配してくれる友達がいる。
太陽みたいな人には、なれないけど、それでも、私は、かけがえのない、たった一人だ。
放課後の教室、机の上には、進路希望調査の紙。
「てぁ〜俺たちまだ高二じゃん」
「もう、高二だけどな」
「まーだ進路のこととか考えたくねぇ・・・高木は?大学、どこ行くの?やっぱ東大?」
「まだわからない」
「だよな〜俺なんてどうせ、私立文系の大学行って、テキトーに満足いくまで遊んで、就職して、この狭くて暑くて空気がベットべトした国で一生を終えるんだろうな」
俺はなんとなく下を向いた。わかってるつもりだったけど、やっぱこういうのは、口に出すと辛い。
きっと、俺は高木みたいに頭もよくないし、他の才能もないから、ここじゃないどこかへは、多分一生行けない。
「俺は・・・お前は、そうはならないと思うぞ」
俺は高木の横顔を凝視したが、西陽で逆光になっているため、表情がよく見えない。
「・・・なんで?」
「お前は、すごい奴だからだよ。新学期、クラスの奴らから距離を置かれていた俺に、お前が話しかけて、そこから段々と俺も輪に入れるようになっていった」
「はぁ?そんなの、別にフツーだろ」
「誰にでもできることじゃない」
しばらく、静寂が空間を満たした。
「あのさ、高木は大学行って、どうするんだよ、その後は」
俺よりもはるかに頭のいいコイツが何になるのか、どういう風に将来ってものを捉えているのかが気になった。
「俺は・・・国をつくる」
「くに?国って、あの、日本とかアメリカとかそういうことか!?」
「ああ、言ったのはお前が初めてだ。荒唐無稽なのはわかっている。笑ってもいいぞ」
「笑わねーよ!すげぇじゃん!お前、やっぱホントにすごい奴だったんだな!」
「え・・・」
高木は俺の反応が意外だったのか、驚いてズレた眼鏡の位置を正した。
「国をゼロからつくるってさ、どんな感じなんだろーな。高木は、どういう国をつくりたいんだよ?」
「俺は・・・いろんな奴が自由に好き勝手に生きられる国をつくる」
高木は一瞬だけ凶悪そうな光を目に浮かべた。
こんなに表情豊かなコイツは初めて見るかもしれない。
「そ、それって無法地帯を作るのか?」
「かもな」
そのとき、最終下校時刻を告げる放送が流れ、俺たちはバタバタと荷物をまとめる。
俺の夢は、いつか見つかるのだろうか。
俺の友達はいつか、本当にどこかの国の王様にでも、こいつならなっちまうんじゃないか。
今日の高木は、なんだかそう思ってしまう雰囲気があるのだ。
「何ぼーっとしてんだ。早く帰るぞ」
考えごとをしたまま突っ立っている俺を高木が振り返る。
「お、おう」
俺は、慌てて高木の学ランを追いかける。
何故か、その背中は、まったく知らない奴のもののように、その時の俺には思えた。
学校という世界には、守らなけばならない掟がある。
「国枝って、道塚さんのこと好きなんでしょ?」
クラスで一番派手な女の子が、どちらかというと大人しめのグループに所属している男子にちょっかいをかけている。
陽キャラたちは、すぐに自分ら以外の生徒同士をくっつけたがる。
特に彼女は、恋愛をすべてだと思っている。
男を何人もとっかえひっかえしているという話は、何故かみんなが知っている。
学校生活を楽しくするための刺激として陽キャラ軍団に消費される彼には、少し、同情した。
鮮やかに茂っている間は、愛でられるのに、枯れると踏みつけられてしまう葉たち。
中学の頃は、この葉を踏みつけて歩いても、何も感じなかった。
この葉は、きっとわたし自身なんだ。
時がくれば、いつか必ずどうでもいい存在になるーー
「晴香。何言ってるの」
「え?」
「この紅葉はアンタじゃないわ!だって、この葉っぱは、来年になればまた鮮やかに紅く色づくじゃない!それがアンタは何よ!枯れて朽ち果てたままじゃない!また茂らなくちゃ!」