長い旅に出よう。
知らないことを知りたい。
分からないことを理解したい。
いろんな人に出会えたらいいな。
いろんな知識が増えたらいいな。
もしかしたら、辛くて悲しい事にも出会うかもしれない。
それでもきっと、愉快なことにも出会うと思う。
長い旅に出よう。
私が成長するために。
誰かを幸せにするために。
センチメンタル・ジャーニー
絶えず地上を照らす月。
鈴虫が鳴き、月に伸びてる月見草。
真っ白な団子をいくら積もうと、一緒に食べる人がいなけりゃ、ただただ寂しく虚しくなるだけ。
―――――――――――――――――
里帰りの日。
田中 愛香(たなか あいか)は、憂鬱そうに、メイクをしていた。
愛香の実家は、大体50坪くらいの伝統的な日本の家で、全ての部屋に畳が敷いてあり、部屋と部屋は障子によって分けられていた。
縁側の外には、広い庭があり、敷地一帯はまるまる柵で覆われている。
愛香はそんな実家が大好きだった。
しかし、最近になって両親がリホームをすると言い出したのだ。
もちろん、便利にすることも、安全のためにも、大切なことだとは分かっている。
両親の安全と、愛香の思い出を天秤にかけても、愛香の不満はぬぐえなかった。
もっとも、愛香が両親になにか言うことはなかったが。
「最後になるかもなぁ」
愛香はポツリと呟いた。
見知った家が、別の家に生まれ変わる。
これはきっと、好きな何かが、別の世代には刺さらない時くらい悲しいことだ。
時代の流れを感じた。
「…よし」
準備を終え、車に乗り込む。
愛香は2時間と少しかけて実家に向かった。
両親は愛香を温かく迎え入れた。
家族三人、思い出話に花を咲かせる。
ふと、愛香の父親が思い出したように席を立ち上がった。
「今日は満月だろ?団子を用意してあるんだよ」
言って見せてきたのは、均一に並んだ真っ白な団子。
「ありがとう、あっちでやるでしょ?」
愛香は、さっそく団子を縁側に運んだ。
三人で並んで食べた団子は、ほんのり甘かった。
月は優しく輝いている。
愛香はなんだか泣きそうだった。
久しぶりに嗅いだ畳の匂いが、鼻の奥に突き刺さった。
君と見上げる月…🌙
君がいない。
君がいない。
どこにもいない。
もうどこにも。
僕の視界に、映ることはない。
胸の奥が変なんだ。
なんだか凄い気持ち悪いんだ。
あんなに泣いたのに、僕の涙はとっくに乾いてる。
目が痛いのだけははっきりしてるけど。
静かだね。
凄い静かだ。
君の鳴き声をあんなにうるさがってたのにさ。
いざ聞こえないと、もう聞けないと、悲しくなるんだよ。
胸の奥が痛いんだ。
ごめんね。
もっとかまってあげたら良かった。
もっと、隣にいればよかったね。
ああ、覚えてないんだよ。
君の鳴き声も、顔も、性格も。
全部、あやふやなんだ。
それでも、君が旅立った直後の、体中の骨を全部抜かれたみたいに柔らかくて。
だんだん冷たく、硬くなっていった感触だけ覚えてる。
匂いは君のままなのに、君じゃないみたいでさ。
頭を撫でても、反応がなくて、巧妙な作り物みたいだった。
土に還す時、直に土をかぶせることができなくて、君が使っていたタオルで体を巻いたりしたな。
長く生かしてあげられなくてごめんね。
なんだか、体に力が入らないんだ。
空白
――今までに見たことないほど、空は乾いていた。
雲だって、そう多くはなく、むしろ、青く染まった空を見せびらかすようだ。
昨日まで空全体を雲が隙間なく覆っていた事が嘘かのように。
しかし、地面にはしっかりと水たまりが残っていて、それが恨むように、空を写していた。
人々は慌ただしく、歩道を埋め尽くしている。
一つの隙間だって許さないかのように。
車は騒がしく道路を走り、そこいら中のビルなんかも活気づいている。
小鳥はさえずり、木は優しく葉を揺らしていた。――
=私は誰を主人公にしたら良いのだろう。
くたびれたサラリーマン。
学生に、無職に、フリーター。
誰かのオタクに、何かの俳優。
国民的アイドル。
はたまた、卵から孵った雛鳥か。
雨と言ったら、カエル、ミミズ、カタツムリ?
いっそ、車なんかの人工物でも良いかもしれない。
思い切って雨を主役にしてみても。
台風が過ぎ去った時の話……。
駄目だ難しい!=
――そう頭を抱える一人の作家。
彼は冴えない中年男性。
一応作家と名乗っているが、実のところ無職と変わらない。
久々の仕事に始めこそ喜んだものの、紙をまえにすると、どうも筆が進まないらしかった。――
=台風と言えば、この間、洗濯物を取り込み忘れてビチョビチョにしてしまったことくらいだ。
個々の立場になって考えるのは面倒くさいし、やっぱり雨にしようか。
空や雲でもいいが、ともかく人は無しだな。=
――彼は立ち上がり、大きめのサンダルを履いた。
かなり薄手な格好だったが、気に留める様子はない。
玄関の扉を開けると、外の新鮮な空気と同時に、寒風が彼の体を震わせた。
瞬間、彼の中でなにか浮かんだようだった。
思いっきり玄関の扉を閉めたかと思えば、慎重にサンダルを脱ぎ、いそいそと、机に向かう。
空は一層、青さを増していた。――
台風が過ぎ去って
愛していたんだ。
愛してたから、ものすごく大切にしてたんだ。
彼女が、ありがとうって笑うたびに、心臓がものすごく速くなった。
だから、彼女に感謝されたくて、笑ってほしくて、大切に大切に…。
どうして…!
神様どうして!
どうして、彼女は離れて行ってしまったんですか!
どうして、笑わなくなったんでしょうか!
どうして、無視されてしまうんでしょうか…。
僕はどうしたら良かったんですか?
どうやったら、彼女に好きになってもらえましたか?
どうして?
愛していたのに。
全力で彼女に尽くしたのに。
愛されるのは気持ちいいでしょう?
愛されたいと思うものでしょう?
僕はそれをやっただけだ。
それなのに!
それなのに、彼女はどうして、応えてくれなかったんでしょうか?
どうして、僕だけが、彼女に愛情を与えることになったんでしょう?
どうして、彼女は、僕に愛情を返してくれなかったんですか?
僕が彼女に尽くしたのは、彼女が僕を、愛してくれていると、思っていたからなのに。
僕は十分やったでしょう?
ああ、神様。
僕が今一人なのは、僕の愛情に応えてくれない、周りの他人のせいだと、思いませんか?
ひとりきり