水色の傘、空色の傘
灰色雨降りの午後13時
ミニチュア青空をパッと広げる
雨傘の内側、私の世界
桜色が私を包む
傘の下は優しいところ
雨粒から視線から
私のことを守ってくれる
大丈夫、大丈夫
いつかはきっと晴れるから
それまでここで休ませて
水色の外側と桃色の内側
これがお気に入りの私の雨傘
(お題 傘の中の秘密)
ねぇ、どうして君はそんなに寂しそうな顔をするの。
辛そうな顔をするの。
抱きしめてあげたい。大丈夫だよって言いたい。
何もわかっていない私のお節介。
だけどそれで君を救えるんじゃないかと思って。
けれど本当は、そんなことする勇気はない。
事実、君に触れることすら叶わない。
どうしてだろう。君じゃなくて、私が泣いてる。
よかった、目の前に君がいなくて。
涙を拭って息を吐く。
さて、次週の放送を待たなくちゃ。
君の登場する物語、画面越しに君の結末を──私はちゃんと見届けるから。
(お題 雨上がり)
バン、と机に拳を打ちつけた。
「勝負ついてないだろ……っ!!」
机と拳に挟まれたテスト用紙が悲鳴を上げる。
筆箱が振動で落ちた。
空っぽの放課後の教室に、音は虚しく響く。
きっとあいつは言うんだろう。
『そういえば今って引き分けだったね。うん、なら君が勝ちってことにして』
違う。俺が欲しいのは勝利じゃない。勝ち負けなんてどうでもいい。おまえと競うのが楽しかったんだ。それなのに。
あいつは行ってしまった。
俺には何も言わず、連絡先も教えずに。
今日突然、転校していってしまった。
(お題 勝ち負けなんて)
本を閉じた。
頭が感動でぼーっとしている。
長い小説だった。主人公は無事、世界を救い、愛する人と結ばれた。ハッピーエンドだった。
幸せそうな主人公、平和になった世界、最後にあった“(完)”の文字。
……だけど、そういえば。
あの酒場で出てきた少年は、どうなったんだろう。
主人公がおじさん方の喧嘩の仲裁に入ったおかげで、巻き添えを喰らわずに済んだ少年だ。
彼はきっと、再び登場する。そう思っていたのに。
(出番、なかったな……)
主人公が街で聞き込みをしていた時、四天王に悪戦苦闘していた時、魔王を倒して世界を救った時。あの少年はいったい、どこで何をしていたんだろうか。
気になる、気になりすぎる。
きっとあの子は俗に言う、“モブ少年”だったのだろう。
道端の花壇の花のような存在。一度は主人公の視界に入ったけれど、記憶には残らず、再び見られることのなかった人物。
彼にはたった一言のセリフしかなかった。
「助けて、お願い…!!」
だけど、それが妙に印象的で。
それは私の頭の中に浮かんだ、ぼんやりとした姿の少年の喉から、はっきりと飛び出した声だった。
書こう。
私はもう一度本を開き、彼の登場シーンを読み返す。
この文章は私が書いたものではない。書き手はこれで納得している。それにケチをつけるなんて、失礼なことかもしれない。
だけど、私はやる。
別に書いたものを誰かに見せて自慢したいわけじゃない。私が知りたいから、書くだけだ。
私はパソコンを立ち上げ、想像を膨らませながら、文章を打ち込んでいく。
少年はどんな容姿をしていた? どんな生い立ちだった?なぜあの酒場にいた? 主人公が喧嘩の仲裁をしている姿を見て、どう思った? なぜ、お礼を言わずに去ってしまった? 彼はその後、どんな人生を歩んだ……?
知りたいことはいくらでもある。
終わらせない。この物語を。まだ、この世界を見ていたい。彼のことを知りたい。
私の目の前に、脇役だったはずの彼が主人公となる物語が、出来上がっていく──。
(お題 まだ続く物語)
「いってらっしゃい」
その声にいってきますと答えて、俺はキャリーケースとリュックを背負い、家の玄関を後にした。
仕事で各地を飛び回る俺にとって、やっぱりここが家だと思えるのは、家族がいるおかげだろう。
群れをなして移動する渡り鳥もいれば、単独で移動する渡り鳥もいるという。もちろん、そもそも長距離移動をしない鳥だっている。
仕事でほとんど家にいない俺について、近所の人が訝しげな視線を送っているのは知っている。だが、俺たちは別の種類の鳥なのだ。それは妻も理解してくれている。
自分に合った飛び方をする。人生において必要な目的地は、人も鳥も各々違いがある。それでいいじゃないか。
俺は再びここへ帰る日に少々思いを馳せた後、飛行機に置いて行かれないよう、足を早めたのだった。
(お題 渡り鳥)