本を閉じた。
頭が感動でぼーっとしている。
長い小説だった。主人公は無事、世界を救い、愛する人と結ばれた。ハッピーエンドだった。
幸せそうな主人公、平和になった世界、最後にあった“(完)”の文字。
……だけど、そういえば。
あの酒場で出てきた少年は、どうなったんだろう。
主人公がおじさん方の喧嘩の仲裁に入ったおかげで、巻き添えを喰らわずに済んだ少年だ。
彼はきっと、再び登場する。そう思っていたのに。
(出番、なかったな……)
主人公が街で聞き込みをしていた時、四天王に悪戦苦闘していた時、魔王を倒して世界を救った時。あの少年はいったい、どこで何をしていたんだろうか。
気になる、気になりすぎる。
きっとあの子は俗に言う、“モブ少年”だったのだろう。
道端の花壇の花のような存在。一度は主人公の視界に入ったけれど、記憶には残らず、再び見られることのなかった人物。
彼にはたった一言のセリフしかなかった。
「助けて、お願い…!!」
だけど、それが妙に印象的で。
それは私の頭の中に浮かんだ、ぼんやりとした姿の少年の喉から、はっきりと飛び出した声だった。
書こう。
私はもう一度本を開き、彼の登場シーンを読み返す。
この文章は私が書いたものではない。書き手はこれで納得している。それにケチをつけるなんて、失礼なことかもしれない。
だけど、私はやる。
別に書いたものを誰かに見せて自慢したいわけじゃない。私が知りたいから、書くだけだ。
私はパソコンを立ち上げ、想像を膨らませながら、文章を打ち込んでいく。
少年はどんな容姿をしていた? どんな生い立ちだった?なぜあの酒場にいた? 主人公が喧嘩の仲裁をしている姿を見て、どう思った? なぜ、お礼を言わずに去ってしまった? 彼はその後、どんな人生を歩んだ……?
知りたいことはいくらでもある。
終わらせない。この物語を。まだ、この世界を見ていたい。彼のことを知りたい。
私の目の前に、脇役だったはずの彼が主人公となる物語が、出来上がっていく──。
(お題 まだ続く物語)
5/30/2025, 10:36:20 AM