ゆま

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5/5/2023, 2:14:36 PM



 心臓が高鳴る。胸がいっぱいってこういうことか。心の真ん中が風船みたいにぶわっと膨らんで、君のことしか考えられない。
 いつのまにか目で追っていて。何をしてても、寝ても覚めても。今君は何をしてるだろう。そんな想像ばかり。
 食べたご飯とか、聴いてる音楽とか。君は何が好きなのかなとか、おんなじだったら良いなとか。
 何気ないことに、ただただ過ごしていた日常に、君という存在が増していく。

 君と出逢ってからの私は、どこかおかしい。
 どんどんどんどん膨らんでいく感情が、私の形を変えていく。

 これは恋。気付いている。
 春の陽気に誘われた花のような、それを全て攫っていく嵐のような。甘くて、恐ろしい、小さな狂気。
 
【君と出逢ってから、私は…】

5/4/2023, 2:10:09 PM


 この空の向こうにはかつて大きな都市があったらしい。
 何百年も昔、まだわたしたちに羽根が生えていた頃。人々はそこで暮らし、さまざまな生活を送っていたという。
 空と大地を自由に行き来して、鳥たちと歌い遊ぶ。太陽は今よりずっと近くにあって、時折優しい歌声が聴こえてきたという。

 小さい頃、おばあちゃんがそんな話をしていたと、寝転がって空を見て、流れる雲を眺めていたら思い出した。
 その話が本当かどうか、今となってはわからない。今を生きるわたしには、羽根なんて生えていないから。鳥の羽ばたきを見送ることしかできないし、太陽の歌なんて聴こえない。
 でも。目を閉じて、空想する。もしも羽根が生えていて、空を自由に飛べたのなら。青い空を駆けて、あの雲と同じ高さで世界を眺めることができたなら。心は躍る。それはきっと素敵なことだ。

 瞳を開く。真っ青なキャンバスに、飛行機雲が線を描く。手を伸ばす。遠くの空を、わたしはここから見上げることしかできない。それがなんだか寂しくて。

 今もまだ空に遊ぶ、鳥たちを羨ましく思うのは。
 遥かの太陽に、こんなにも恋焦がれるのは。
 かつてわたし達が空にあった証拠なのかもしれない。

 もう一度、空を舞う。
 瞳を閉じて、私はそんな夢をみる。




【大地に寝転び雲が流れる…目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?】

5/3/2023, 12:40:02 PM


「ありがとう」
 そう伝えたい人のことを考えて、作文を書いてね。
 学校で出された宿題。どうしようかな。帰り道、ずっと考えていた。

 お母さん、お父さん。
 すぐに思い浮かんだけれど、伝えるのはなんだか照れ臭い。
 お姉ちゃん。
 優しいけれど、貸した漫画をなかなか返してくれないから。お礼を言うのはその後で。
 友達のまきちゃん。
 昨日のお手紙で、いつもありがとうって伝えたばかり。

 いろいろ考えるけど。ちっともぜんぜん決まらない。
 決められないまま家に着いちゃって。ランドセルを放り投げた。重たい荷物がなくなって、身体がすうっと軽くなる。
 ごろりと床に転がった傷だらけのランドセル。真っ赤な色が気に入らなくて、まきちゃんの水色が羨ましくって、壊れれば新しいのを買ってもらえる。そう思って乱暴に扱ってきた。
 でも、ランドセルはとっても頑丈。どれだけぱんぱんにものを詰めても、思いっきり放り投げてもちっとも平気。ぜんぜん壊れてくれないから、4年生になった時、新しい色は諦めた。
 
 もうすぐ私は6年生。あと1年とちょっとで、このランドセルともお別れだ。
 よく見ると、端の方はぼろぼろになってきていて、少しずつ皮が剥がれてきてしまっている。
 真っ赤な色をじっと見つめる。
 あと1年。長いようできっと、あっという間だ。重たくて、可愛くなくて、やっぱり好きではないけれど。離れてしまうのはなんだか寂しい。
 乱雑に転がったままのランドセルを持ち上げて、少しだけ丁寧に机の上に置き直す。
 
 よし、決めた。ありがとうの相手。人じゃないけど、まあいいか。
 6年間を一緒に頑張る、なんにも喋らない、無愛想なお友達。
 いつもありがとう。
 あともう少し、よろしくね。

【「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった】

5/2/2023, 10:18:46 AM

 喚くようにそう叫んで、突き放す。 

 ずっと一人で生きてきたから、どうしていいのかわからない。
 戸惑う心音。のぼせてしまいそうなほど熱を持つ頬。ふわふわ、酩酊のように。宙に浮く心地が気持ち悪くて不愉快だ。

 そんなもの、いらない。
 望んでなんかいない。

 だというのに。
 どれほど突き放そうと、酷い言葉を浴びせようと、貴方は何度でも私に笑いかけて、大きな手のひらで撫でてくる。

 いやだ。これ以上は、困ってしまう。
 暖かい温もりに触れる度、私の尻尾はゆらゆら揺れる。
 拒めなくなる。心地良さに溺れて、貴方なしでは居られなくなる。

 今日だってほら、いつもの時間。
 優しい声が私を呼ぶのを、期待してしまう。
 

【優しくしないで】

5/1/2023, 2:55:31 PM

 知りたくなかった。
 世界にこんなにも色が溢れていただなんて。

 『わたし』と『それ以外』。世界はそれだけでしかなかった。そこに鮮やかな色彩なんか必要なくて、私はただ、小さな部屋に閉じこもるように。真っ暗の中、息を潜めて生きてきた。
 自分の呼吸と、心臓の音。
 耳に届くそれらが早く終わってしまうことを。そればかり願って生きていた。

 けれど。世界は開けた。差し込んだ光と共に、眩い色彩が瞳に飛び込んできた。
 すぐに瞳を閉じようとした私の手を引いて、『貴方』という色が差し込んだ。
 
 知りたくなかった。部屋の外には私の知らない世界が、広く果てなく存在していて。さまざまな彩に飾られて、きらきらと色めいている。
 柔らかな桜の色。水平線を分つ二つの青。燃えるような紅葉の絨毯。降り積もる雪の無垢。
 廻る季節に装いを変えながら、世界の色は目まぐるしく変わっていく。
 美しいと思った。見惚れて、心奪われて。まだ見ぬ景色、これから出会う景色を想って心が躍る。

 知ってしまった。世界の美しさを。
 気づいてしまった。色めく心をくれたのは、他でもない貴方だということを。

 隣で微笑む、貴方の心音がいつまでも続くように。
 鮮やかに廻る世界の色彩。その中にいつまでも、貴方の色が有るように。
 そんな小さな願いを抱くようになった。

 けれど、世界は、急激に閉じてゆく。
 真っ黒に塗りつぶされるようにして、貴方は突然消えてしまった。

 知りたくなかった。失うという事がこんなにも激しい痛みを伴うなんて。息の仕方を忘れるほどに、流せる涙があるなんて。
 貴方がいない世界の色彩を、愛することなんてできない。それだけの絶望だった。それだけの悲しみだった。
 
 だというのに。
 想い出の場所に立って、私は打ちひしがれる。

 貴方という色を失くしても、世界はちっとも色褪せない。咲く花は美しく、海も空も果てはなく。見渡す視界の一面に、鮮やかな色が満ちている。
 貴方が隣にいなくても、この世界は美しい。愛しいと、思えてしまう。

 色彩が涙で滲む。
 その事実は寂しいけれど、不思議と悲しくはなかった。
 暗闇の世界に戻るなんて許さない。そう言って貴方が笑っている気がしたから。
 この色彩は、貴方がくれたもの。私の世界をすっかり染め上げて。これから続く未来の果てまで、導くように華やいでいる。

 貴方という、愛しい色彩を知ってしまったから。
 私はこれからを、生きていける。


【カラフル】

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