ゆま

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「ありがとう」
 そう伝えたい人のことを考えて、作文を書いてね。
 学校で出された宿題。どうしようかな。帰り道、ずっと考えていた。

 お母さん、お父さん。
 すぐに思い浮かんだけれど、伝えるのはなんだか照れ臭い。
 お姉ちゃん。
 優しいけれど、貸した漫画をなかなか返してくれないから。お礼を言うのはその後で。
 友達のまきちゃん。
 昨日のお手紙で、いつもありがとうって伝えたばかり。

 いろいろ考えるけど。ちっともぜんぜん決まらない。
 決められないまま家に着いちゃって。ランドセルを放り投げた。重たい荷物がなくなって、身体がすうっと軽くなる。
 ごろりと床に転がった傷だらけのランドセル。真っ赤な色が気に入らなくて、まきちゃんの水色が羨ましくって、壊れれば新しいのを買ってもらえる。そう思って乱暴に扱ってきた。
 でも、ランドセルはとっても頑丈。どれだけぱんぱんにものを詰めても、思いっきり放り投げてもちっとも平気。ぜんぜん壊れてくれないから、4年生になった時、新しい色は諦めた。
 
 もうすぐ私は6年生。あと1年とちょっとで、このランドセルともお別れだ。
 よく見ると、端の方はぼろぼろになってきていて、少しずつ皮が剥がれてきてしまっている。
 真っ赤な色をじっと見つめる。
 あと1年。長いようできっと、あっという間だ。重たくて、可愛くなくて、やっぱり好きではないけれど。離れてしまうのはなんだか寂しい。
 乱雑に転がったままのランドセルを持ち上げて、少しだけ丁寧に机の上に置き直す。
 
 よし、決めた。ありがとうの相手。人じゃないけど、まあいいか。
 6年間を一緒に頑張る、なんにも喋らない、無愛想なお友達。
 いつもありがとう。
 あともう少し、よろしくね。

【「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった】

5/3/2023, 12:40:02 PM