君の胸の星が煌めく。弱々しくも揺らめいて、これが最後の光だった
明けない夜に呑まれてどれほど経っただろうか? 日も月も無い世界で人は時を測れない。時という概念もいずれ消えてしまうだろう。
止まった世界で君だけが歌いつづけた。恋の詩だったのか、この世を呪う詩だったのか、僕にはもう判らない。時は流れず、線は点となる。夜に響く音はなかった。
ただひとつ、星が輝くのが見える。触れることはできない。
「時間よ止まれ」
「……もう少し良い言い方はない?」
「それってどんな?」
「ファウストが言った台詞があるんだけど、それがさ、私の読んだ訳では『時よとどまれ、お前は実に美しい』ってなってた、確か。そんな感じの」
「誰だっけそれ?」
「よく憶えてないけど、表紙の絵はバッハみたいな顔してた気がする」
「音楽家なら時も止めたくなるよね」
「止まった時間のなかでも音は奏でられる?」
「バッハなら、ね」
君の声がする。
スクランブル交差点の真ん中まで来たところで、ある種の既視感が通り抜けていった。
振り返ると、人の波が押し寄せる。皆一様に顔がなかった。
僕の記憶のなかの君の顔は霞がかっている。あるいは、ここにいる人々と同じく君にも顔がなかったようにも思う。
顔のない人はどうやって見つけてもらうのだろう? この世の服は全て同じ型で作られているのに。
原型に交わる道はない。不備のない工場のように一定のラインを流れていく。
美しさとは均して整えたものらしい。熟練の職人が鉋をかけて作り上げた無疵の平面。それが現代では何にも勝る『善いもの』になった。
柔らかく削られた声が僕の耳に触れ、霧散する。
君の声がする。
あめんぼ あかいな あいうえお
りんご りりしく りくえすと
がとーしょこらも がむしゃらに
となりのしばふは とるにたらん
うらない うやむや うれしいな
ありがとう ありがとう ありがとう
Ab ovo ad perpetuam memoriam
図書館の本に紙の栞を挟んで戻す。いつも百頁目に。
百という数字に特に意味はない。ただわかりやすく目に留まるのでそうする。
栞にはいつもひとつだけ文字を書いておく。
「わ」「曲」「F」「々」「ド」「*」「8」「y」……
このそれぞれにも意味はない。
次に借りた人が何か見出せればそれでいい。
ある種の占い、あるいは神託になれば。