「ここには未来の記憶が保管されています」
男が案内した先は書庫だった。空の果てまで続きそうなこの吹き抜けの塔は書棚と螺旋階段で構成されている。
「いったい、いつの記憶まであるんでしょうか」
男はわざとらしく考えるような素振りを見せ、私に応える。
「──……以前、この塔の未来へ向かって登っていった者がいました。彼は一月毎に上から便りを出す、と私と約束しています。ええ、このように」
男の見上げた先には、蝶の形をした紙片が舞っていた。上から落ちてきたであろうそれを、男は掴む。
「これで十四枚目の便りとなります。彼が進んだ十四ヶ月分、未来は在るようですね。今のところは」
「その便りには、何と?」
男の言った言葉は私には聞き取れなかった。どこの言語なのかも判別し難かったが、その弱々しい子音は上品な、しかし悲愴な響きを感じさせる。
「彼の言葉もすでに未来のものとなってしまったのでしょう」
「未来の言葉……未来の言語体系は今よりも洗練されているんでしょうか、例えば全ての言語がひとつになる、といったような」
「あるいはそうかもしれません、あるいはその逆かも。それは創造主の怒りから破壊され、分断された混沌のような」
男は持っていた便りを破る。半分をそのまた半分、さらに半分。永遠とも思える時間の後、紙片は砂となり見えなくなった。
ココロ
ロココ
コロコロ
ロコモコ
¿コモ エスタス?
ムイ ビエン, ¿イ トゥ?
ソイ ムーチョ ココロ コロコロ
¡ファンタスティココーロ!
ココロ デ ロココ, ¡ロコモコ コロコロ, モコモコモーコ!
¡アスタ エル ココーロ!
Tu amigo Corocoroño
星に願っては、それが流れるのを見てきた。
この夜に絶えず流星が降りそそぐようになったのはいつからだろう?
夜毎に無数の願いが叶えられる。叶えられた願いは飽和し、空の全てを覆っていく。
「誰も、何も願わなくなったらどうする?」
「星はもう要らなくなるんだろうね」
「この星も?」
君の背中に止まる蝶をそっと撫でる。存在しえない鱗粉が僕の鼻を掠める。
代々受け継がれるその刺青の意匠にはある願いが込められている。
「きっと私のおばあちゃんも、そのまたおばあちゃんも、同じことを思ってたんだと思うの」
──同じこと?
「人は死ぬと蝶になるんだって。だから、この背中は、そのための準備なの。あの世へ渡っても、この翅で私と判るから。想っている人にまた見つけてもらえますように、って」
「遠く……どこか遠くへ逃げたいね」
「どこに?」
「たとえば、この宇宙の観測できる範囲のさらに外、とか」
「そんなものはあるの?」
「見えないものでも在るんだよ、って誰かが言ってた」
「観えない以上、そんな断定、私にはできない」
「その逆もまた然りだ」
「星々も死んだら天国にいけると思う?」
「あるいは地獄へ、あるいはその狭間を彷徨いつづけるんだ」