「ここには未来の記憶が保管されています」
男が案内した先は書庫だった。空の果てまで続きそうなこの吹き抜けの塔は書棚と螺旋階段で構成されている。
「いったい、いつの記憶まであるんでしょうか」
男はわざとらしく考えるような素振りを見せ、私に応える。
「──……以前、この塔の未来へ向かって登っていった者がいました。彼は一月毎に上から便りを出す、と私と約束しています。ええ、このように」
男の見上げた先には、蝶の形をした紙片が舞っていた。上から落ちてきたであろうそれを、男は掴む。
「これで十四枚目の便りとなります。彼が進んだ十四ヶ月分、未来は在るようですね。今のところは」
「その便りには、何と?」
男の言った言葉は私には聞き取れなかった。どこの言語なのかも判別し難かったが、その弱々しい子音は上品な、しかし悲愴な響きを感じさせる。
「彼の言葉もすでに未来のものとなってしまったのでしょう」
「未来の言葉……未来の言語体系は今よりも洗練されているんでしょうか、例えば全ての言語がひとつになる、といったような」
「あるいはそうかもしれません、あるいはその逆かも。それは創造主の怒りから破壊され、分断された混沌のような」
男は持っていた便りを破る。半分をそのまた半分、さらに半分。永遠とも思える時間の後、紙片は砂となり見えなくなった。
2/13/2025, 5:00:18 AM