仲間になれなくて
さっぱり分からん……。
結婚して初めて、飛行機の距離の夫の実家に帰省した時のことである。
親戚やご近所さんが集まって宴会を開いてくれたのだが、日本語のはずの地元の言葉が全く分からないのだ。
加えて私も標準語ではないこと、べたべたの関西弁だから、あっこれ伝わってないわ……というのが相手の表情で分かる。
夫が通訳してくれるけれどカバーしきれる訳もなく、次第に私はその場の空気になった。
黙って小鉢をつついていると、突然目の前に、刺身の巨大皿がどーんと置かれた。
魚が好きだろう、食べろ食べろという風なことを義父が言っている。
魚好きの私のために、朝から漁協へ買いに行き、自ら捌いてくれたらしかった。
勧められるまま一口食べたらびっくりするほど美味しくて、思わず「えっ、美味しい!」と言うと義父は顔中で笑った。
食べろ食べろ、食べきれませーん皆さんも手伝ってー、的な感じでそこからわっと場が和み、ああ気を遣わせていたんだなあ、美味しい気持ちは共通語なのだなあと救われた気になった。
信号
夜シフトの帰り道、霧に包まれて信号機が現れた。
広域農道の一本道で、どうしてこんな場所に……と訝りながら赤信号で停車したら、広がる田圃の右手からたくさんの狐火が渡ってくるのが見えた。
ぽっぽっと赤く灯った火が一列に並んで、車の前を横切って行く。
最後の火が渡りきると、信号機はふっと消え、代わりに立派な和装の男が立っていて、深々と頭を下げた。
私もフロントガラス越しに会釈を返し、静かに車を発進させた。
どうやら狐の嫁入りに遭遇してしまったらしい。
スマートに回避させてくれて助かった、今年は豊作だと良いな。
ページをめくる
本のページをめくる指が、長くて綺麗で。
まっ白いシャツの袖を一つだけ折り返した、手首が細く筋張ってて。
「……そこが良かったのよねぇ!」
と、母の初恋談。
知的な感じの優男さんが好みだったようです。
でもなぜか、父は強面で丸い。
夏の忘れ物を探しに
帽子を失くしたのです。
気に入っていたのに、まだまだ一緒にお出掛けしたかったのに、どこで忘れたんだろう?
海かな、山かな、公園かな、道の駅かな……夏のアルバム画像を辿って、帽子の行方を探します。
不思議なことに、画像の私はいつも日傘を差していて帽子の姿が一つもない。
どうして?あんなにずっと被っていたのに?
困惑する私を置いて、帽子の思い出は「もう帰らないよー」と初秋の空へ消えてゆきます。
8月31日、午後5時
帰りたくないなあと君が言って、今日がずっと続けば良いのにねと僕が言った。
8月最後の日、トンボの行き交う野道をヒグラシの声を聴きながら二人で歩いた。
ふと腕時計を見ると、デジタルの表示は午後4時61分。
君が黙って差し出した、スマホの時刻も4時61分。
僕らは顔を見合せ、声を出さずにくすくす笑う。
このまま行ける所まで、手を繋いで歩こうよ。