今を生きる
異世界に転生しませんか?
天使にも悪魔にも見える男に、そう誘われた。
「貴女の人生つまらないでしょう。次は絶世の美女の、凄腕魔法使いなんてどうです?」
ええと…。私は戸惑った。
「美人の魔法使いになって、異世界で何をすれば良いんですか?」
「それはもう、勇者と一緒に闘ったり、人々を導いたり、王に寵愛されたり」
「それって危険だったり、重い責任があったり、羨望や嫉妬の的になったりしますよね」
「まあ多少は」
「だったらもっとリスクの少ないモブキャラ、例えば村人Aとかになれませんか?」
「はあ?」
男は呆れて行ってしまった。
気づけば自転車で側溝に突っ込んでいて、奇跡的に無傷で起き上がると、最初に見えた景色は青く広がる田んぼだった。
そう、そもそも私はこの世でも村人A
だったっけ。
小さい器と弱い心の、何者でもないその他大勢。
でもそれがダメだとも思わない。
村人Aはただ懸命に、コツコツ今日を生きましょう。
special day
今日は特別楽しみなお出かけの日。
朝早くから、家族でテーマパークへ行くのです。
でも少女はずっとモヤモヤしています。
お父さん、お兄ちゃん、お祖父ちゃんまで一緒に行くのに、どうしてお母さんだけお留守番なの?
みんないじわるだ。お母さんも連れて行ってあげたら良いのに。
実は家族を送り出した後、お母さんは家でうきうきしています。
夜まで自由な一人の日、自分のためだけの時間をさあどうやって過ごしましょう。
今日は本当は子供たちではなく、いつも忙しいお母さんのためのspecial day なのです。
みんなにとっての嬉しい一日。
アトラクションが見えてくる頃には、少女の心も踊り出します。
真昼の夢
朝、目覚ましのアラームで無理やり目をこじ開けた。
昨日も残業だったんだ、さっき眠ったばかりの気がする。
眠い、まだまだ寝ていたい、でも起きて仕事に行かないと。
あと五分、五分だけ目を閉じていよう。
時計を見たら昼。
俺はゆるく寝返りをうって、うつ伏せになった。
大遅刻だぞ。慌てないのかって?
ははは大丈夫、きっと俺は俺の夢だから。
本物の俺はあの時起きて、ちゃんと仕事をしながら二度寝の夢を見てるんだ。
その証拠にほら、体がベッドに溶けて消えてゆく。
おや?デスクの前の俺も消えてゆく。
二人だけの。
ずっと、部屋の姿見鏡とギクシャクしていた。
それは年々体型が劣化してゆくのを、何とかしなさいよ!と鏡が責めてくるからだ。
こっちだって分かってはいる。
だからピラティスとかウォーキングとかやってみたけど、続かないんだもん、そもそも体動かすの苦手なんだもん。
が、鏡と目も合わさなくなった頃、家で出来るシンプルなエクササイズに出合って、気づけば半年続いていた。
「やれば出来るじゃない!」
鏡は大喜びだ。
「背中がスッキリしたし、首周りが細くなったよ。二の腕と足も」
「本当にそう思う?家族は誰も気づかないけど…」
「本当だって」
そんな訳で優しくなった世界、ただし私と鏡だけの。
良いのだ、気休めでも誰も気づいてくれなくても。
ちょっとおしゃれが嬉しくなって、ちょっと毎日幸せが増えれば。
夏
子供の頃はみんなやっていたと思う。
夏、扇風機の前で裾を持ち上げ、服の中に風を通して体を一気に涼しくする技。
ワンピースが一番やり易かった。
大人になってもお風呂上がりにこっそりやっていたが、今年は夫が扇風機を二階へ持って行ってしまった。
となると、代わりになりそうなのはリビングのアレしかない。
「何してるの?」
だからね、そういう事情でサーキュレーターを跨いで仁王立ちしてるんです。
真下から風を取り込んでるんです。
そんなびっくりした顔しないでよ。