NoName

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7/14/2025, 3:20:52 AM

隠された真実

 ここはレトロな隠れ家的純喫茶で、私は店のマスターだ。
新顔の若い男女客が、カウンターの端で大変な秘密を打ち明け合っている。

「実は俺、狼男なんだ。今まで言えなかったけど…」
「じゃあ私も…本当は25歳じゃないの」
「えっ、いくつ?」
「125歳。昔うっかり人魚のお肉を食べちゃって」
「そうなんだ。でも俺、歳の差なんて全然気にならないよ」
「私も毛深い人、全然平気」

 信じがたい会話が聞こえ、何だかんだ好き合っていそうな彼らを私は愕然と眺める。
 ただ二人とも気づいているかな?
この店も私も、とっくにこの世のものじゃないことを。
隠されたこの場所に、生ある者がどうやって迷い込んだのか。
あと数分で日が落ちて、死霊の常連客たちが押し寄せてくるのだが。

7/13/2025, 12:39:49 AM

風鈴の音

 南部鉄器の風鈴が、狂ったように鳴っている。
独居の伯父が緊急入院した日のまま、軒下の雨風に煽られて。
聞く人のいなくなった風鈴の音は、風の悲鳴のよう。

 お爺ちゃんが帰って来ない!
びしょ濡れで叫ぶ風鈴をそっと抱き下ろして連れて帰る。
 おいで、私の所へ一緒においで。
拭き清めて新しい短冊を付けてあげる。
悲しまないでまた涼やかに歌って。
 そして皆で、お盆を待ちましょう。

7/12/2025, 3:10:14 AM

心だけ、逃避行

 暑い。
こんな日は鱧の湯引きが食べたいな、ガラスのお皿に涼しげに盛って、酢味噌を添えて。
 焼き茄子も良いな、冷たくした翡翠色の茄子にたっぷり生姜を乗せて。
それから茗荷を混ぜた胡瓜もみ。大葉を散らした冷奴。

 どれが食べたい?と夫と息子に聞くと、即答でいや肉!肉!肉!
肉焼くだけでいいからね!野菜とか混ぜなくていいから、ガッツリ!

 28センチのフライパンを取り出しながら、私の心はじわじわと、無への逃避行を始める。


7/10/2025, 1:18:56 PM

冒険

 幸せにしますとか大切にしますとか、一生守りますとか。
どんな言葉にも頷いてくれない手強いジュリエットに、やけくそで言ってみた。
「じゃあ、一緒に人生を冒険しよう」

 彼女は満面の笑みで、月夜のバルコニーから飛び降りてきた。

7/10/2025, 3:18:44 AM

届いて……

 訳あって犬を引き取ることになった。
もう成犬で、人慣れしていなくてすぐに歯を剥く。
何かしたら噛むわよ…と言わんばかりの嫌われようだ。
 仕方がないのであまり近寄らず、ただただ好意を送ることにした。

 日に何度も「可愛いね」「賢いね」「お利口さんだね」「大好き」と笑顔で褒めちぎっていたら、なんと一月くらいで撫でさせてくれるようになった。
 そうだよね、人間だって褒められて悪い気はしないもの。
好意が届くと素直に嬉しいもの。
 犬は今、私の足にくっついて寝ています。可愛い。

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