NoName

Open App
5/9/2025, 3:10:04 PM

夢を描け

 今は特に思いつかないけど、いつか本当にやりたい夢が見つかった時のために、自分の可能性だけは広げておきたいんだよね…。
 そう言って、知人のT君は中学生の頃から勉強もスポーツも頑張って、良い大学に入り、資格をたくさん取って、一流会社に就職して世界を飛び回り、素敵な女性と結婚し、可愛い子供に恵まれた。
 てっきり夢を叶えたのだと思っていたら、
「いや、まだ探し中」
なのらしい。
 夢を見つけるって大変だ。

5/9/2025, 1:37:38 AM

届かない……

 ペットボトルのキャップを閉めようととしたら、指が滑って転がった。
人をダメにするクッションに埋もれたまま、落ちたキャップに向かって手を伸ばすが、あと少しで届かない。
“こっちへ来い!”
と念じると、キャップはヒュッと手の中に飛び込んできた。
 この能力は子供の頃からの横着が高じて身についたもので、サイコキネシスと呼ぶにはあまりにショボい。
届きそうで届かないものを、ほんの少し引き寄せるだけだ。

 俺はさっきから、考え込んでいる。
今日、同期の彼女を初めて食事に誘った。
「えっ、二人で?」
と驚かれ、思わず“来い!”と強く念じてしまったら
「いいよー、いつ行く?」
急に彼女は満面の笑顔になった。
 あれは俺の能力が通じたのだろうか?
俺の彼女への気持ちは、あとちょっとで届くんだろうか?それとももう届いたんだろうか?


5/8/2025, 5:05:44 AM

木漏れ日

 両側に大きな街路樹が並ぶ、見通しの良い一本道に差し掛かった。
新緑の木々が揺れて、木漏れ日がガラス越しに降り注ぐ。
 助手席では母がずっと、ある人の悪口を言っている。
運転に集中しつつも真面目に受け答えしていたが、いつまでも終わらないのでもう相槌を打つだけにした。
 細く開けた窓から柔らかい風、ラジオからは爽やかな音楽、煌めく木漏れ日。
こんなに心地好い昼下がりなのに、母の悪口は対象を代えて延々と続く。
 何かに心を囚われている人は、周りの美しさなど何も目に入らないのだなぁ…と思う。
そしてそんな母を疎ましく思う私もまた、心を囚われている。
こんなにも輝く春の日なのに。

5/7/2025, 4:42:25 AM

ラブソング

 人生で一度だけ、ラブソングの歌詞を書こうとしたことがある。
友人の彼氏がアマチュアバンドをやっていて、オリジナル曲の作詞を頼まれたのだ。
メンバーに歌詞を書ける人がいないからと、本好きというだけでなぜか私に白羽の矢が立った。
 テキトーでいいから、いつでもいいから、あ!ラブソングでお願いね!
とお酒のノリで何となく話が決まり、テープを渡されたものの、私はすぐに頭を抱えることになった。
 曲は何だかとてもガチャガチャしていて、サビもよく分からない。
夜な夜な悩んで、どうにか言葉を絞り出したころ…。

 なんと友人が突然彼氏と別れてしまった。
そのまま作詞もうやむやになって二十年。
「あの時はホントにごめん、今思い出しても腹が立つわ」
という友人は、今だに元カレの当時の浮気を許していないようだ。
 どんな歌詞を書いてくれてたの?と笑いながら聞かれるが
「覚えてないよー」
と私も笑って答えている。
 はい、本当は覚えてます。
♪真夏の恋 焼けた喉 僕を潤す冷たい刺激 君はサイダー♪
…的なことを書いてました、早く忘れてしまいたい。

4/29/2025, 12:50:13 PM

好きになれない、嫌いになれない

 スーパーへ買い物に行くたびに夫が
「アイス買う?」
と聞いてくる。
夫はアイスが大好きだが、私は大して好きでもない。
食べたいなら買う?と言うと、いや別にいいよ、と答える。
 結局二つ買って帰ると夫はすぐ自分の分を食べてしまって、後から私が
「じゃあ私も食べようかな」
と言うと、「うんうん」となぜかとても嬉しそうな顔をするのだ。

 きっと自分だけが食べたいからではなくて、私も食べたくて買ったことにしたいんだろうな…と思うけれど、その理由は分からない。
 ただあんまりにこにこ嬉しそうなので、何となく私もアイスが好きな気分になってくる。

Next