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11/1/2024, 3:05:42 AM

#理想郷

 ひろと君と僕は図書館で、クジラに飲み込まれた男の、古いお話を見つけた。
 男の名まえはヨナ。神さまの言いつけに従わず、船で逃げようとしたら嵐になった。
自分のせいだと思ったヨナが、海に飛び込むと、大きなクジラがやってきて彼を飲み込んだ。
ヨナは三日間クジラのお腹にいて、そのあと吐き出され、今度は神さまの言う通りにした。

 「じゃああれも、僕らを見張ってるってこと?神さまに逆らうヤツがいたら、飲み込むために」
「うーん」
 図書館前のベンチで、僕らは空いっぱいを覆う、巨大な宇宙クジラを見上げる。
「なんか見張るとか、そんな風に見えないなあ…」
あれはもっと、ゆったりしてて大きくて。
 まるで方舟みたいに、僕らを遠い新しい世界へ運んでくれそうな気がする。
そう言ったら、ひろと君は
「僕も」とにっこり笑った。

10/30/2024, 10:56:06 PM

#懐かしく思うこと

 駅前で声をかけられた。
「ミッチー、ミッチーじゃない?」
振り返ると同時に、女性が駆け寄ってくる。
「うそ、こんな所で出会うなんて。何年ぶり?」
 懐かしい!元気だった?と手を握られる。

 私の名前はミチルだが、ミッチーなんて呼ぶ知り合いはいない。
満面の笑みで懐かしい!と繰り返す、女性の顔にもまるで見覚えがない。
 さて困った、彼女は一体誰だろう。

10/30/2024, 1:14:26 AM

#もう一つの物語

 ひろと君と僕は、今日学校で習った宇宙のことを話しながら帰った。
 太陽系のこと、ビッグバンのこと、宇宙は膨らみ続けていて、星たちがどんどん離れていることなど。

 「でもさ…」
ひろと君は空を指差した。
「あれのこととか、ぜんぜん説明してくれなかったよね、先生は」

 僕らは夕焼けの空を見上げ、ゆったりと漂う巨大な宇宙クジラを眺める。
「たぶん、大人も知らない別のお話があるんだよ」
と僕は言った。

10/29/2024, 2:31:52 AM

#暗がりの中で

 明かりを消してベッドに横たわり、お気に入りの睡眠催眠の動画を開く。
落ち着いた男性の声に誘導されて、心地よく寝落ち出来るので、最近毎晩聴くようになった。

 「今日も一日お疲れ様でした。ここからはあなたのための時間です。一緒に眠りの旅へと出掛けましょう」
 優しい音楽と共に誘導が始まり、簡単な呼吸法と、体の部位に意識を向けるボディスキャンを経て、イメージの世界へと旅立つ。
「あなたは月明かりに照らされた、美しい森の中を歩いています…」
 起きているのか眠っているのか、ちょうど中間のような感じで、ふわふわと導かれてゆく。
 森の小道を抜けると、小さなコテージがあって、そこには暖かな暖炉と柔らかなベッドがあって…。
いつもそう続くはずのところで、男性の声がこう言った。

 「あなたは更に森の奥深く、暗い洞窟の中へと入って行きます」
 あれ…?バージョンアップされたのかな?
すでに眠りに落ちかけている私は、ぼんやりとしか考えられない。
「暗がりの中には、大きな黒い獣が潜んでいます…あなたはその赤い口に向かって、一歩づつ進んで行きます…」
 え…?こんなの知らない…。
少し気味悪くなり、動画を消そうと思ったが、金縛りにあったように、瞼さえ開かない。
「あなたはどんどん黒い獣に近づいて行きます…」
 ヒヒッと声が嗤う。
「もういいだろ、さっさと喰われろ」

 ベッドの中でピクリとも動けないまま、私は大量の汗が吹き出すのを感じた。
生臭い熱い息が、頬に触れたのだ。

10/27/2024, 3:09:48 AM

#愛言葉

 ロボット執事のジョージは、毎朝ポットに熱いお茶を淹れて、博士の部屋を訪れる。
「お目覚めでしょうか、博士」
主であるディー博士は、大抵起きて身支度をしている。
「おはようジョージ、お茶はそこに置いてくれ」
 ジョージはポットをテーブルに置き、博士の着替えを手伝う。

 高名な科学者のディー博士は、長年アカデミーで研究職に就いており、退職を期にこの小さな星を手に入れて、隠居生活を送っていた。
 草木も生えない不毛の星だが、ドーム型住居地の中は、人口太陽と空調のお陰で、花と緑があふれる楽園になっている。
 博士の暮らしはこんな風だ。
朝はジョージが丹精込めて世話をしている庭を散歩し、昼はジョージと共に研究資料や回想録をまとめ、夜にはジョージの奏でる音楽を楽しむ。
 主と執事、人とロボットという枠を超えて、二人は無二のパートナーであり、友達だった。

 朝の身支度が終わると、博士はジョージの淹れたお茶を手に取り、香りを楽しむように顔を寄せる。
だがカップに口は付けず、そのままテーブルに返して立ち上がった。
「では散歩に行こう。ジョージ、ステッキを取ってくれ」
「はい、博士」
 その時である。
博士は突然動きを止め、音を立ててその場に崩れ落ちた。

 「博士、博士、どうなさいましたか」
ジョージは博士を抱き起こし、顔を覗き込んだ。
だが返事はなく、目はぽっかり見開かれたまま、反応がない。
 ジョージはその身体をそっとうつ伏せにし、白髪に覆われた後頭部を探った。
微かな突起に触れると、頭皮の一部が外れ、小さなパネルが現れる。
 そろそろメンテナンスの時期か…とジョージは考えた。
 ディー博士は二十年前、資産の全てをジョージに遺して亡くなった。
希望すれば研究助手ロボットとして、アカデミーに戻ることも出来たが、ジョージはそうはしなかった。
 博士の記憶を移した、博士そっくりのロボットを作り、これまで通りの生活を送ることを選んだのである。

 ジョージがパネルを操作すると、ジジ…と小さな起動音がして、博士の目に光が宿った。
博士は何事もなかったように立ち上がり
「では散歩に行こう。ジョージ、ステッキを取ってくれ」
と言った。
「はい、博士」
ジョージはステッキを手渡し、冷めたお茶を片付ける。
 宇宙の片隅で繰り返されるこの言葉が、ロボットたちの愛言葉であった。
いつか壊れるその日まで。

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