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#愛言葉

 ロボット執事のジョージは、毎朝ポットに熱いお茶を淹れて、博士の部屋を訪れる。
「お目覚めでしょうか、博士」
主であるディー博士は、大抵起きて身支度をしている。
「おはようジョージ、お茶はそこに置いてくれ」
 ジョージはポットをテーブルに置き、博士の着替えを手伝う。

 高名な科学者のディー博士は、長年アカデミーで研究職に就いており、退職を期にこの小さな星を手に入れて、隠居生活を送っていた。
 草木も生えない不毛の星だが、ドーム型住居地の中は、人口太陽と空調のお陰で、花と緑があふれる楽園になっている。
 博士の暮らしはこんな風だ。
朝はジョージが丹精込めて世話をしている庭を散歩し、昼はジョージと共に研究資料や回想録をまとめ、夜にはジョージの奏でる音楽を楽しむ。
 主と執事、人とロボットという枠を超えて、二人は無二のパートナーであり、友達だった。

 朝の身支度が終わると、博士はジョージの淹れたお茶を手に取り、香りを楽しむように顔を寄せる。
だがカップに口は付けず、そのままテーブルに返して立ち上がった。
「では散歩に行こう。ジョージ、ステッキを取ってくれ」
「はい、博士」
 その時である。
博士は突然動きを止め、音を立ててその場に崩れ落ちた。

 「博士、博士、どうなさいましたか」
ジョージは博士を抱き起こし、顔を覗き込んだ。
だが返事はなく、目はぽっかり見開かれたまま、反応がない。
 ジョージはその身体をそっとうつ伏せにし、白髪に覆われた後頭部を探った。
微かな突起に触れると、頭皮の一部が外れ、小さなパネルが現れる。
 そろそろメンテナンスの時期か…とジョージは考えた。
 ディー博士は二十年前、資産の全てをジョージに遺して亡くなった。
希望すれば研究助手ロボットとして、アカデミーに戻ることも出来たが、ジョージはそうはしなかった。
 博士の記憶を移した、博士そっくりのロボットを作り、これまで通りの生活を送ることを選んだのである。

 ジョージがパネルを操作すると、ジジ…と小さな起動音がして、博士の目に光が宿った。
博士は何事もなかったように立ち上がり
「では散歩に行こう。ジョージ、ステッキを取ってくれ」
と言った。
「はい、博士」
ジョージはステッキを手渡し、冷めたお茶を片付ける。
 宇宙の片隅で繰り返されるこの言葉が、ロボットたちの愛言葉であった。
いつか壊れるその日まで。

10/27/2024, 3:09:48 AM