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#暗がりの中で

 明かりを消してベッドに横たわり、お気に入りの睡眠催眠の動画を開く。
落ち着いた男性の声に誘導されて、心地よく寝落ち出来るので、最近毎晩聴くようになった。

 「今日も一日お疲れ様でした。ここからはあなたのための時間です。一緒に眠りの旅へと出掛けましょう」
 優しい音楽と共に誘導が始まり、簡単な呼吸法と、体の部位に意識を向けるボディスキャンを経て、イメージの世界へと旅立つ。
「あなたは月明かりに照らされた、美しい森の中を歩いています…」
 起きているのか眠っているのか、ちょうど中間のような感じで、ふわふわと導かれてゆく。
 森の小道を抜けると、小さなコテージがあって、そこには暖かな暖炉と柔らかなベッドがあって…。
いつもそう続くはずのところで、男性の声がこう言った。

 「あなたは更に森の奥深く、暗い洞窟の中へと入って行きます」
 あれ…?バージョンアップされたのかな?
すでに眠りに落ちかけている私は、ぼんやりとしか考えられない。
「暗がりの中には、大きな黒い獣が潜んでいます…あなたはその赤い口に向かって、一歩づつ進んで行きます…」
 え…?こんなの知らない…。
少し気味悪くなり、動画を消そうと思ったが、金縛りにあったように、瞼さえ開かない。
「あなたはどんどん黒い獣に近づいて行きます…」
 ヒヒッと声が嗤う。
「もういいだろ、さっさと喰われろ」

 ベッドの中でピクリとも動けないまま、私は大量の汗が吹き出すのを感じた。
生臭い熱い息が、頬に触れたのだ。

10/29/2024, 2:31:52 AM