#鋭い眼差し
鋭い眼差しの人々が、迫って来る。
猫のように切れ上がった目で、私を取り囲む。
「よう来たな、元気そうやないか」
「こき使ってやるから覚悟せえよ」
「今度という今度は、帰さんからな」
「やめて…」
私は怯えたように、じりじりと後退りする。
とたんに弾ける笑い声。
ここは山間の小さな集落で、特徴ある皆の目は、先祖が近いからかもしれない。
大学のサークルで農業体験に来て以来、私はこの里がすっかり好きになり、毎年田植えと稲刈りの時期に、休暇を取って訪れている。
住人の方々とも仲良くなり、いつも「帰さない」と絡んで来るのは、毎回お宅に宿泊させてもらっている源さんだ。
源さんは特に私を気に入ってくれて、役場に勤める息子の嫁に…と、企んでいるらしい。
実は息子の悟さんとは、何度かこっそり街で逢っている。
皆の細めた目を見ていると、もし本当に悟さんと結婚したら、可愛い猫目の子供が生まれるかな…と、私はほんのり想像した。
#高く高く
深夜に突然、衝動に駆られて家を出た。
車に乗り込みエンジンをかける。
どこでも良いから高い場所へ行きたくて。
ほんの数時間前まで彼と一緒にいて、将来の約束をしたばかり。
“ずっと二人で穏やかに暮らそう”なんて、優しい言葉が本当に嬉しかったのに。
車は暗いドライブウェイを走り、人気のない展望台にたどり着く。
空には煌々とした丸い月。
ああダメだ…やっぱり穏やかな人生なんて、私には無理なんだ。
血の沸くような凶暴な感情が込み上げ、私は月に向かって高く高く、狼の声で吠えた。
#子供のように
何だか眠りが浅くなった。
寝つきはまあ良いとして、ちょっとした物音で目が覚めるし、起きたら頭がボーッとしてる。
たくさん寝たら寝たで体が痛くなる。
子供のように眠ってみたいな。
今日のことも明日のことも考えないで、電池切れみたいにストンと眠りに落ちて、朝までぐっすり寝ていたい。
そしてパッと目覚めて、元気に布団から飛び出したい。
#ココロオドル
原っぱで、こころちゃんが踊っているよ。
半泣きで両手をふって、足を交互に踏み鳴らして。
草むらにはバッタがいっぱい。
こころちゃんはバッタが大嫌い。
こころちゃんとバッタが、ぴょんぴょん跳ねている。
意地悪したこと、許してあげる。
早くこっちへ逃げておいで。
#束の間の休息
その部屋は、建物の奥まった場所にある。
そっと扉を開けると、先客達の意識が一斉にこちらへ向くのが分かる。
私と入れ違いに、男が一人足早に外へ出て行く。
部屋は狭く薄暗く、空調の音だけが大きく響いていて、性別も年齢も雰囲気もバラバラの者が四人、小さなテーブルを囲んで立っている。
皆それぞれ宙を見つめ、決して目を合わさず、言葉も交わさない。
我々は見知らぬ、背徳の同志なのだ。
私を含めここにいる全員が、たった一つの同じ目的のために集っている。
社会においては嫌悪され、健全な人々を見れば後ろめたさに襲われる、我々は…。
「おーい、まだ?」
外で待たせていた友人が、扉の隙間から顔を覗かせた。
腕時計を指してるから、もう時間がないらしい。
「ごめんごめん」
私は慌てて二本目の煙草をもみ消し、愛煙家にとって束の間のオアシスである喫煙ルームを出た。