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10/7/2024, 3:02:10 PM

#力を込めて

 僕は天の邪鬼な人間だ。
やるなと言われるとやりたくなる、緊迫した時ほどそうなる。
友達はそれをよく知っているので、いざというときは反対のことを言う。
 今、崖っぷちで足を滑らせて宙吊りになり、僕の手に掴まっている親友はこう叫んでいる。
「頼む!手を離してくれ!力を抜いてくれ!」

 彼を助けるために、一緒に奮闘してくれている周りの人達は困惑顔だが、これで正解なのだ。
 僕は掴んだ手に、一層力を込める。

10/7/2024, 8:09:42 AM

#過ぎた日を想う

 稲が黄金色に輝いている。
ヒデオさんは強張る身体をゆっくり伸ばし、目を細めてそれを眺めた。
 そろそろ稲刈りの時期だ。
最近歳のせいでぼんやりしてしまうことが多いが、子供の頃から携わってきた自分の田のことはよく分かる。
 明日辺り、隣のヤスさんにコンバインを頼むか…と考えていると、ひょっこり当のヤスさんが現れた。

 ヤスさんは軽トラックを乗り付け、いつものように大きな段ボールを持って、軽快に降りてきた。
「ヒデさん、頼まれたもの買ってきたよ。ついでに銀行もね」
「いつもすまないね」
「なんの、なんの。ヒデさんは俺の田の先生じゃないの」
 ヤスさんは、週末だけこちらに住んでいる兼業農家だ。
移動手段のないヒデオさんの代わりに、日用品の買い物をしたり、医者を連れて来てくれたり、ついでだからと田植えや稲刈りも手伝ってくれる。
 二人三脚で農業をやってきた妻が亡くなって二十年、親族は皆土地を売って何処かへ行ってしまい、子供のいないヒデオさんにとっては、近所の人たちが身内のようなものだ。
 その近隣の住人も次々人が変わってゆくが、親切なのはずっと同じだった。

 21××年、もう何十年も土地を離れていないヒデオさんは、気づいていなかった。
世の中がずいぶん変わってしまって、自分が最後の稲作農業者であることを。
 集落全体が保護区になっていて、田も家もヒデオさん自身も文化財であり、時々代わる親切な隣人たちが、国から派遣された職員であることも。
 彼の暮らしが変わらぬよう、全力で守られていることを知らなかった。
「来年もこの景色が見れるかねぇ…」
 ヒデオさんの目の前には、稲穂の海が遠い昔の日のまま、輝くように波打っている。

10/5/2024, 5:16:55 AM

#踊りませんか?

 可愛い甥っ子のお手てを握って、足の甲にあんよを乗せて、さあ一緒にアンドゥトロワ~。
 音楽に合わせてぐるぐる踊ると、はじけるように笑い出す。
「もっともっと!」

 ご機嫌なのは嬉しいけれど、こちらはそろそろ息切れです。
…ねぇ、踊るのやめませんか?

10/3/2024, 4:53:46 AM

#奇跡をもう一度

「お前が下ノ村の弥助か」

…左様でございます、お殿様。

「下ノ村が鬼に襲われた時、お前だけが幸運にも生き残ったそうだな」

…左様でございます、お殿様。

「そして逃げ込んだ上ノ村も、先日鬼に襲われ、またしてもお前だけが生き延びたのだな」

…はい、左様でございますお殿様。

「一度目は奇跡、だが二度目の奇跡などあり得ぬと儂は思う。
もはや村を襲った鬼とは、お前自身であることは自明の理。
正体を見せよ、この鬼め!」

 ギラリと刀を抜かれ、弥助は目を白黒させる。
二度はないと言われても、あるものはあるのだ。
 どう言えば分かってもらえるのか、
ダラダラと汗を流しながら、絶体絶命の弥助は三度目の奇跡を願った。


10/2/2024, 2:16:28 AM

#たそがれ

 もう10月か…と思いながらアプリを開くと、お題が「たそがれ」だった。
「10月」「たそがれ」とくれば、これはもうレイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』しかない。
 そう言えば、あの本はどこにやったっけ。

 SFの抒情詩人とか言われるブラッドベリは、好きと言うより、ふと読みたくなると代わりが効かない作家だ。
 どうしても『10月はたそがれの国』を読み返したくなり、私はお題そっちのけで、古い本棚を漁り始めた。

 結論から言うと、本は見つからなかった。
それどころか、まだ読んでさえいなかったことが判明した。
 彼の作品をたくさん集めていたのは高校生の頃だが、なぜこの有名な初期短編集だけスルーしていたのだろう。
というか、なぜ今の今まで持っていると思い込んでいたのだろう。

 不思議だけれど、今になって“新作”を読めるのは嬉しい。
私はいそいそと『10月はたそがれの国』をネット購入した。

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