糸
1本の糸を両手で引っ張ってみてもちぎれない。
ちぎれたとして、先端は綺麗とはいえない。
綺麗に切るには鋭利なものが必要だ。
それも「意図的」に「切る」という行為をしなければ綺麗に真っ二つに断つことはほぼ不可能だ。
自然に切れる場合、だんだんとぼさぼさになり、知らない間に切れていることが多い。
貴方も同じだった。
何かが貴方の心を揺れ動かした訳ではなさそうだ。
気づけばこうなっていた、としか言いようがない。
日に日に遅くなる返信。愛情表現もなくなった。
最終的に恋人という肩書きをこなすかのような関係だった。
私たちを繋いでいた糸はほつれ、ぼさぼさになり、完全に切れるのも時間の問題だった。
この部分が切れてしまったら私達は本当に離れ離れになる。
肩書きでいいから貴方と恋人でいたかった。
でも、それは貴方にとって苦になる。
そんなことはしたくなかった。
私は貴方とかろうじて繋がっていた糸を自ら切った。
心には後悔、悲哀、孤独、不安、絶望が残った。
自ら課すには少し重すぎたかもしれない。
でも、私は貴方を不幸にさせるわけにはいかない。
それに、、、
大丈夫。
糸が繋ぐのは恋人だけじゃない。
どこかしらで貴方と私は繋がっている。
I love
「愛してる」なんて簡単に口にするものではないと悟った。
その言葉の重さに耐えられなくなってしまう。
それが本当に愛なのかすら曖昧なまま、私たちは愛を語る。
貴方の笑顔は勿論、拗ねた顔や美味しそうにご飯を食べる姿、何かに夢中になっている姿、一緒に歩く帰り道、私を見つけた時の嬉しそうな顔、私を求めている時の顔、私を呼ぶ時の表情、友人と楽しそうに話している姿、通話越しに聞く眠そうな声、落ち着く笑い声、眠そうに目をこすっている姿、全部全部、愛おしかった。
私の世界は貴方が全てで、貴方基準でまわっていた。
私がいないと生きていけないとか結婚しようねとか、一緒に住もうねとか、好きすぎて苦しいとか、確約のない言葉が嬉しくて苦しくて。
信じてたわけではないけど、その言葉で私の心は満たされていた。
「好きかどうか分からなくなった、慣れすぎちゃった。」
いつか別れの日が来ることは知っていた。
この世に永遠がないことも分かっていた。
だから、期待しなかったのに。
無意識のうちに期待していたのかもしれない。
貴方と一生を遂げると。
またいつか、あの時みたいに私を好いてはくれないのかな。
私はいつまでもあなたを待っている。
人は後悔してから大切なものに気づくと言うけれど、私もそうだったらいいな。
やっぱり貴方をもう少しだけ、愛していたい。
どうしてこの世界は
どうしてこの世界は、なんて思ったところで人生がうまくいくわけではないのは分かりきったことだ。
でも時々、世界のせいにしたくなる時がある。
押し付けに近いかもしれない。
そうすることで自我を保っていられる。
ならばなんて可哀想だろうか、世界という抽象的な概念は。
「世界」とは人間社会の全てを言う。
でも、私たちが世界を言い訳にする時、きっと、多分だけれど、己の中の世界を指しているのではないか。
それほど狭い「世界」のせいにしているのではないだろうか。
結局のところ、逃げでしかないのは分かった上で世界のせいにしているのだ。
なんとも哀れで醜くて愛らしい。
これもきっと世界のせいだ。
どうしてこの世界は、愛すべき人間で溢れているのだろうか。
きみと歩いた道
振り返ってみると数え切れないほどの道をきみと歩いてきた。
まだ両片思いの時期に、放課後一緒に帰ったあの道。
学校からコンビニまでのあの道。
恋人になって、放課後一緒に帰ったあの道。
学校から駅までのあの道。
駅からうどん屋さんまでのあの道。
駅からカラオケまでのあの道。
お気に入りのカフェまでのあの道。
どの道にも必ずきみがいるのにもうきみはいない。
あの道にもこの道にも、きみとの思い出がつまっている。
思い出すきみはいつも笑顔だった。
その日の出来事を振り返ったり、小テストの話をしたり、好きなアイスの話をしたり、他愛もない話をした。
だから、駅に着いた時はすこし寂しかった。
きみが電車に乗ってしまったらわたしはひとりになってしまう。
「またね」と手を振り、あっという間にきみと離れた。
この時間が永遠に続けばいいのに、までは思わないけど、もうすこしだけ続いてほしかった。
明日また学校で会える、そう思えばなんとか耐えることができた。
きみと別れる決断をした時、きみと一緒に歩いた道を歩くのが苦痛で仕方なかった。
全ての思い出が蘇り、心を抉った。
涙が零れるのを抑え、受け止めようとした。
そう簡単にいかないことは百も承知だったが、無理矢理にでもそうするしかなかった。
きみと歩いた道は、きみとの幸せな思い出のままにしていたかったから。
それがせめてもの願いだった。
今日もわたしはきみと歩いた道を行く。
傘の中の秘密
誰も知らないであろう。
私が朝、雨音に嫌気がさしたこと。
靴が雨水で汚れて憂鬱になったこと。
湿気で髪がうまくまとまらず、ため息をついたこと。
だんだんと近づく職場に嫌悪感を抱いたこと。
今日のタスクを思い出して気が重くなったこと。
上司の顔を思い出して吐き気がしたこと。
今日も今日とて「社会人」の顔をする。
時に良い先輩になったり、時に良い後輩になったり、業務内容以外が忙しい。
社会に揉まれ、早数年が経った。
憧れていた社会人はなれそうにもないな。
輝いていた自分はとうにいなくなっていた。
多分、今の私の顔は死んだ魚の顔よりも酷いであろう。
そんな顔を世に晒すわけにはいなない。
これは傘の中の秘密にしておこう。