伝えたい
「伝える」という行為は案外難しいもので
脳で考えたことを一字一句漏らさず言語化するのは不可能に近い
自分の中で思考が成立してしまっているせいで
相手に理解されなかったり違った捉え方をされた時に
何故伝わらないのだろうと思い悩む
それが続くと伝えようとするのでさえ億劫になる
どうせ伝わらない、どうせ理解されない
そんな負の連鎖が自分の首を絞める
本当は伝えたい、でもその先が面倒で諦めてしまう
時間が経てばいつか消化できる
消化できたと思い込んでたものが蓄積され
いつの間にか溢れ出てしまう
完全なる自業自得だ
でも伝え方なんて忘れてしまった
ありのままを話すことの恐怖は拭いきれない
そして相手を試すようになる
答えが自分にとって都合のいいものになるようにする
そうでもしないと気持ちを打ち明ける事が出来なくなってしまった
気持ちを伝えることへの躊躇は保守とも思う
だがそれは言い訳でしかないことも知っている
正直に、嘘偽りなく気持ちを伝えられたらどんなに楽なことか
心の片隅で
心の片隅に、私の膝に寝る貴方がある
心の片隅に、美味しそうにご飯を頬張る貴方がある
心の片隅に、私に優しく触る貴方がある
心の片隅に、真剣な眼差しの貴方がある
私の心はそんな貴方で埋まっている
片隅に置けないくらい、貴方がある
だんだん貴方と離れていくのを実感して
フォルダを見返してあの時に戻りたいだなんて思って
あの時は楽しかったし幸せだったななんて思って
戻りたい過去があるなんて贅沢だよね
始まったら終わりがある、わかってる
分かってるけど、受け入れられない
私が知らない貴方が増えていくのが嫌で
またあの時に見たいに愛して欲しくて
でもきっと貴方は私のことを1ミリも思い返してなんかいない
連絡が来ないなんて当たり前なのに不安になって
また、他人になったことを実感する
きっと一生、貴方を忘れられない
私の人生には深すぎた
今度は私の片思い
君が見た景色
貴方から見て、私はどう映ってたのだろうか
未だに考えることがある
貴方がみた景色の中で私はどのくらいの価値があったのか
忘れないほどだった?
それとも、たった1日話さないだけで消えてしまう?
旅先では感動するけど家に帰った途端忘れ去られるような絶景スポットに似通った存在だったのだろうか
いや、その絶景スポットに並べるくらいの美麗さを私は持ち合わせていない
私が望むのは
覚えようとはせずとも無自覚に記憶している家の家具的な存在
私という景色が貴方の中で特別でありませんように
願い事
幼い頃は素直に七夕の短冊に願いごとを書いたものだ。
スーパーの一角に誰でも好きに願い事を書いていい催しが毎年開かれる。
そこにはまだ首の座ってない字がならんでいた。
内容もとても愛らしくやはり子供は宝だと気づかされる。
今となっては願っても叶わないと知ってしまった。
願うだけ虚しく、それでも願わなければやっていけない。
それに、子供と違って内容に夢がない。
「健康でいられますように」
「安全に過ごせますように」
これが結局いちばん大切なのは分かってる。
でも、スーパーの笹の葉とはまるっきりくすんで見えてしまう。
悟りを開いた瞬間に大人になったと感じる。
ないものねだりという概念を知った時に大人になったと感じる。
期待という言葉が煌びやかではないと知った時に大人になったと感じる。
そうやって幾つもの損失が人を大人にするのかもしれない。
得たものは年齢だけ。
いつの間にか願ってはいけないみたいな風潮が私の中で確立していた。
どうせ叶わないのにと馬鹿馬鹿しく思えてきてしまうからだ。
願っている自分が惨めだと。
私の願い事は、なんだろう、分かんないや。