最悪だ!と金髪の少年は思った。(最悪だ最悪だ最悪だ)正確に言うとこのように深刻に深く思っていた。
双子に薄めた真実薬のようなふざけたものを盛られたらしい。どうして僕がこんな目に合わなければいけないのだ!と憤慨した。
正確に言うと金髪の少年が彼らの弟である、赤毛の少年に学校中に知れ渡るレベルの嫌がらせをしたからである。
思いきり理由があるが本人は気がついていない。そしてかく言う双子の方も弟の復讐が2割、残りの8割はなんか面白そうだからという理由だろう。
そんなふわっとした理由が積み重なり金髪の少年は今日1日誰とも口が聞けないという事態に陥っている。本来であれば休んでしまうのだが生憎、今日は魔法薬学のテストがあり休んでしまうと最高評価を狙えなくなってしまうのだ。
ぶすくれた顔で押し黙って僕が授業を受ける姿は周りには非常に珍しく映るのだろう。ちらちらと僕の方を見る不快な視線を感じる。
今のところ同じ寮の奴らに3回ほど話しかけられたが全て無視を決め込んでいる。
大丈夫だ。このまま声を発さずに一日を過ごせばいいのだ。
…だというのに!
偶然、本当に偶然、いつもの黒髪の少年とその取り巻きの2人と廊下で出くわしてしまう。いつもは僕が狙いすましてバッティングするのだが出会いたくない今日に限ってぴたっと正面で向かい合ってしまった。
赤毛が「ゲッ」とわかりやすい声を上げる。
赤毛にイラッとしたが必死に堪えて無視しようと通り過ぎようとする。
すると、あまりに珍しい僕の行動に取り巻きの少女が目を見開いて、同じく無視しようとしていたのだろう、別の方向を向いていた当の黒髪が顔を上げてこちらを見た。ぱちり、と目が合った。最近絶対にこちらを見てくれなかった瞳が僕の方を向いた。
「へえ、今日は僕のこと無視しないんだな、英雄殿?」スラスラと、本当にスラスラと口をついて言葉が出てきてしまう。しまった、今日はたとえどんな嫌っている相手であろうと口を開かないと決めていたのに。でもまだただの皮肉に聞こえる。物凄く情けない皮肉だが。このまま言い逃げしよう。
「ぷッ、コイツ無視されてるって言う自覚があったのかよ」ぶははと笑いながら赤髪が黒髪に耳打ちしている。
それにカッと頭に血が上ってぺらぺらとそれはもう言わなくていい事までぺらぺらと、多分今日1日本音を言わずに抑えていたせいであろう、魔法薬の効果が爆発するように、心に秘めていることを全てぶちまける勢いで口が動いてしまった。
「煩いな、本当に煩いなお前は。僕が何回英雄殿に大声で皮肉を言っても無視されるのに、僕が近くに行くとお偉い英雄殿は嫌な顔をして席を立ってどこかへ行ってしまうのに、お前はどんなどうでもいい何も考えてない声掛けでも構ってもらえて、隣にいても何も言われない。汽車で僕はわざわざ彼を探しに行って僕から、この僕から手を差し出したのに、お前のことを悪く言ったために手を取ってもらえず、かく言うお前はただ汽車で席が同じになっただけで今日までずっと彼の無二の親友だ。お前なんてよく英雄殿が持て囃される度羨ましそうな目で見ているだろ、時々本当に彼と別行動したりして他の友達とつるんで見たりしてるだろ。そんな事をしているのに。お前は英雄殿の1番の親友じゃないか。
僕はお前が本当に羨ましい。お前になりたいと何回思ったことか。生まれ変わったら僕はお前になりたい、心から僕はお前が妬ましいと思っている。英雄殿に毎日構ってもらえるのなら、家柄も血も寮も、どうだっていい、」
言っているうちに、僕は自分が何を口走っているのかわからなくなっていた。ただ言い切った後に顔を上げると、赤毛はぽかん、と本当に間抜けな顔をしていて、当の黒髪の彼は、口を開けて僕を見て唖然とした顔をしていた。マグル生まれの彼女だけは落ち着くように数回深呼吸をしたあと、「…あなた、もしかして魔法薬か何か盛られたのね?」と聞いた。
「ああ双子に真実薬を盛られた。だから今日一日中黙っていて、君たちに会っても無視しようとしたんだ」言い終わったあとこれ以上赤くならないのではないかと思うくらい顔が真っ赤になった。口をぱくぱくする、恥ずかしさから目に涙が滲む。
「お、お前たちに忘却呪文をかけて今日一日の記憶を消してやる!!!!!!覚えてろ!!!!!!」
矛盾するようなことを言って一目散にかけ出す。
取り残された3人はあまりの衝撃発言の連発にしばらく動けなくなっていた。
特に当の黒髪の少年はそれから暫くの間立ち尽くしていたのだった。
そうして、そして黒髪の少年は授業が終わった後で、彼を探しに行ったのだった。
今日も今日とて、忌々しい黒髪に嫌がらせしてやろうと此方の方へ1人で向かった彼を探す。
あのあちらこちらに跳ねた特徴的な黒髪はすぐに見つかるだろうと思っていたのに、なかなか見つからない。ずんずんと歩いていく。今日はあの取り巻きのふたりが先生に呼び出しを食らって居ないため絶好のチャンスなのだ。
僕は一向に見つからない黒髪を探して、中庭に入ってしまった。「……チッ」誰もいないだろうと、踵を返そうとすると、人の気配のようなものを感じた。思わずそちらの方に行ってみると、ばく、と心臓が変な音を立てた気がした。
彼奴が寝ている、木の影で。
何だこの鼓動は。思いがけないところにこいつが居たからびっくりしたのだ。
1人で、読んでいたのだろう本が横に落ちている。なんて無防備だ。
チャンスだ、と僕は持っていた魔法薬を握りしめる。これを思い切り目の前の相手にかければと意気込むが、待てよと立ち止まる。
目の前で誰もいない状況で忌々しいこいつが眠っているなんてそんな面白い状況ないではないか。もっと他の嫌がらせを考えたい。なにがいいだろうか…此奴の着ているものにイタズラを仕掛けてもいいし…うーんうーん…そう唸っているうちに目の前の男の特徴的な変な方向に跳ねた黒髪が目に入った。
そうだ!こいつの髪を少し拝借しよう!そうして変身薬を作ってこいつの姿で思い切り悪さをしてやるんだ。付き合っているらしい彼女に勝手に別れを告げてもいいなとニヒルな笑みで思案する。そしてそうなれば即実行だと、彼の前に音を立てないように座り込んでそうっと手を伸ばす。自然と顔が目の前になる。眠っているこの男の唇が目に入る。自然とこの前の記憶が蘇る。こいつに嫌がらせをしようと隠れていたら部屋に入ってきたのは2人で、こいつとこいつの彼女が入ってきたのだ。最悪な状況だと吐き気を催しても音を立てたらバレてしまう。まぁこれもこいつをからかう絶好のネタになるだろうとじっと2人のやり取りを見ていたら、ゆっくりこちらまで伝染するような甘い雰囲気になってこいつが彼女にキスしたのだ。びくっとして飛び上がりそうになったのを寸前で抑えた。目の前で世界でいちばん憎たらしくていちばん知っている男とよく知らない綺麗な顔をした女がキスをしている。それは何度もお互いにしているような慣れた甘いキスだった。いたたまれなくなって、そっと音を立てずに後ずさって、そのまま気が付かれないように部屋を出ていた。こいつに恨み節を心の中で吐きながら。
その唇が、今目の前にある。どうしてもその日の記憶が思い起こされる。そうして、ーそうして本当におかしな事に、自分でも頭がおかしくなったことを、正気を疑うのだが、頭の中で、キスされている相手がいつの間にか僕に成り代わっていた。おかしい、おかしい、どうしてなのか体が熱くなる。何を考えているんだ、頭がおかしいのか、そう思うのに、無意識に、本当に何も考えずに、自分の薄い唇がこいつの唇に近づいて行った。
ちゅ、と小さな音を立てて、唇に触れたのは一瞬で、そうしてばっと顔を離す。沸騰するように頭が熱くなる。は?は?僕は今、目の前の男に何をした??弾かれたように体を離す。僕は頭がおかしくなったんじゃないか????
そこにいられなくなって、踵を返して走り出す。
僕は、僕はなにをしたんだ!!!
「…は?」
金髪の少年が走り去った後で、黒髪の少年の口から堪えきれずに声が漏れる。
金髪の少年がそっと忍び足で近づいてきた時点で起きていたが、余りにも面倒くさいので反応しないことにして、どうせなにか大変に面倒くさいことを考えているのだろうなと、こいつ風邪でも引いて毎日休んでくれないかな僕の前に現れないでくれないかななどと、思っていた。
目の前に来て髪に触れられたかと思った。どうせ僕の髪でポリジュース薬でも作るのだろうと思ったら、唇を重ねられて、一瞬で離された。そして薄目で真っ赤に顔を染めて僕を見つめる憎たらしい少年の小さな顔が見えた。
意味が…わからない。
彼奴は頭がおかしくなったのか?惚れ薬でも飲んだのか?そうであったらどうせ双子あたりに盛られたのだろうなと思った。
それか僕に対する新しい嫌がらせか?僕の体にキスをされたことでなにか異変が起きる呪いなどだろうかと真剣に黒髪の少年は見当違いのことを悩み出していた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
1番最初の記憶は、もう上手く思い出せない。僕はただ気がおかしくなるほどの時間を過ごしている。同じ時代を、永遠に。
僕はひとつの時代に閉じ込められていた。僕はある時から、死ぬと、とある同じ地点の自分に戻るということを繰り返していた。
今がそうだ。12歳の誕生日の日に戻っている。
この世界は僕に何を求めているのだろう?神がいるのなら、神は僕に何を求めているのだろう?
何万回したかわからないため息を吐く。何回目の人生なのかわからない。
何を変えればいいのかも、なぜ12歳の誕生日なのかも、分からない。
やれることは全て試した。
母親が死なないように原因となる車の窓ガラスを割って妨害したり、はたまた母親が死ぬ道を選んだり、これから起こる事件を人が死ぬ前に解決したり、大災害が起こるとじぶんのしうる色々な方法で伝え死人を最低限に抑えるようなこともした。でも、なにも、変わらない。窓から身を投げても、自殺を何度試みても、同じ地点に戻る。ふざけるな、ふざけるな、とうわごとのように呟く。肉体は傷一つないからだに戻っても、精神はとうに狂ってしまっている。世界は僕に何を求めているのだろう。
僕は1000年ほどこうして過ごしているのではないかと感じていた。実際は300年くらいだろうが頭がおかしくなるには十分な時間だ。
あぁ、誰か教えてくれ。僕はこれからどうしたらいいんだ?どうしたら死ぬことが出来るのだろう。僕は100年目あたりから、もう死ぬために生きていた。永遠の生など呪いでしかない。
「だれか、だれか教えてくれよ、いるんだろ?見てるんだろ?」そう呟いても、やがて声の余韻が消えていくだけだった。
「おお英雄様のお通りじゃないか。いい身分だねぇ、チヤホヤされたいんだろ??」
今日も特徴的な黒髪の頭を見つけて瞬時に頭を回転させ考えた嫌味をぶつける。
こいつはいつも僕に構ってもらえて感謝するべきだと思う。またやってる、喧嘩になるぞと周りの生徒は巻き込まれたらたまらないと足早にこちらをちらちら見ながら通り過ぎる。
だが相手はこちらも見ずに無反応で通り過ぎる。
つまらない、つまらない。何なんだ。
取り巻きの赤毛がププと笑ってべっと舌を出してきた。
頭に血が上る。こいつじゃなく以前まではあの黒髪がくるりと振り返ってこちらを見たのに。あの大層な瞳が怒りであつく燃えるように揺らめいて、しっかりと僕を映していたのに。
最近は無視という手段を彼奴は殆ど取っている。それが本当に気に食わない。
反対にいた取り巻きの女は対照的に1度ちらりとこちらを憐れむような目で見てくるりと前を向いて黒髪の腕を持って引っ張るようにスタスタと歩いていってしまった。それを見た赤毛が待てよ〜と追いかける。
取り残された僕は怒りと羞恥で顔を赤くしながら「クソッ!おい、お前たち!行くぞ!」と言ってものすごい速度で歩き去る。
なぜこんな小物の代名詞のような台詞を吐いてしまうんだろうかと頭の隅で思ったが、今はこの場を立ち去ることが先決だった。
次の授業は空きコマだったので取り巻きの奴らが食堂へ行こうと行ってきたがそのような気分になれなかったため、用事があるから先に食べていてくれとだけ言い残してスタスタと歩く。誰もいないところへ、誰もいないところへ行きたかった。
すれ違う生徒が少なくなってくる。そしてしいんとしたトイレに入る。誰も使っていない女子トイレに入る。
「クソッ」と言って壁を叩く。
むしゃくしゃした気持ちを落ち着かせたかった。
気持ちがある程度落ち着いてきたのでため息をついてくるりと踵を返そうとした。
ーと
いきなり嘔吐感を感じ焦る。個室に行くのに間に合わなかったため洗面台の方へ行きせり上がったものを吐く。
「………は?」
吐いたものを凝視する。
儚げな美しさをたたえる、青い小さな花だった。それが無数に散らばっている。
なんだこれ、なんだこれと頭が混乱した。
そして吐いたものをそのままに踵を返して早歩きで歩き出す。意味がわからない。なんだこれ。誰かの悪戯か?気持ち悪い。
歩く速度が速くなる。
とにかく今はあの青い花から1歩でも離れたかった。
ブランコに座る
ゆらゆら揺れるその揺れを見る。
彼が歩いて隣に座る。
美しい瞳が光を受けて輝く。
「 ちゃんどうしたんだい?」
困ったような顔をしてこちらを見る彼の瞳。
ああなんて優しいんだろう、そしてなんて綺麗なんだろう。
「…うるさい!!!」
私はなぜ素直になれないんだろう。素直になれたら楽なのに。
彼はただ黙って寂しそうに笑う。涙が出てくる私の瞳にそっと手を伸ばして拭ってくれる。
ぽろぽろ、ぽろぽろ涙がこぼれる。
彼はそっと何も言わずに頭を撫でてくれる。
その優しさに甘えてしまう。全てを彼に委ねたくなってしまう。
でもきっとそれは許されないことなのだ。それだけはしていけないことなのだ。
自分に言い聞かせても、うまくいかない。涙はこぼれる。ブランコは揺れる。
彼はいつまでも美しいままだった。