今日も今日とて、忌々しい黒髪に嫌がらせしてやろうと此方の方へ1人で向かった彼を探す。
あのあちらこちらに跳ねた特徴的な黒髪はすぐに見つかるだろうと思っていたのに、なかなか見つからない。ずんずんと歩いていく。今日はあの取り巻きのふたりが先生に呼び出しを食らって居ないため絶好のチャンスなのだ。
僕は一向に見つからない黒髪を探して、中庭に入ってしまった。「……チッ」誰もいないだろうと、踵を返そうとすると、人の気配のようなものを感じた。思わずそちらの方に行ってみると、ばく、と心臓が変な音を立てた気がした。
彼奴が寝ている、木の影で。
何だこの鼓動は。思いがけないところにこいつが居たからびっくりしたのだ。
1人で、読んでいたのだろう本が横に落ちている。なんて無防備だ。
チャンスだ、と僕は持っていた魔法薬を握りしめる。これを思い切り目の前の相手にかければと意気込むが、待てよと立ち止まる。
目の前で誰もいない状況で忌々しいこいつが眠っているなんてそんな面白い状況ないではないか。もっと他の嫌がらせを考えたい。なにがいいだろうか…此奴の着ているものにイタズラを仕掛けてもいいし…うーんうーん…そう唸っているうちに目の前の男の特徴的な変な方向に跳ねた黒髪が目に入った。
そうだ!こいつの髪を少し拝借しよう!そうして変身薬を作ってこいつの姿で思い切り悪さをしてやるんだ。付き合っているらしい彼女に勝手に別れを告げてもいいなとニヒルな笑みで思案する。そしてそうなれば即実行だと、彼の前に音を立てないように座り込んでそうっと手を伸ばす。自然と顔が目の前になる。眠っているこの男の唇が目に入る。自然とこの前の記憶が蘇る。こいつに嫌がらせをしようと隠れていたら部屋に入ってきたのは2人で、こいつとこいつの彼女が入ってきたのだ。最悪な状況だと吐き気を催しても音を立てたらバレてしまう。まぁこれもこいつをからかう絶好のネタになるだろうとじっと2人のやり取りを見ていたら、ゆっくりこちらまで伝染するような甘い雰囲気になってこいつが彼女にキスしたのだ。びくっとして飛び上がりそうになったのを寸前で抑えた。目の前で世界でいちばん憎たらしくていちばん知っている男とよく知らない綺麗な顔をした女がキスをしている。それは何度もお互いにしているような慣れた甘いキスだった。いたたまれなくなって、そっと音を立てずに後ずさって、そのまま気が付かれないように部屋を出ていた。こいつに恨み節を心の中で吐きながら。
その唇が、今目の前にある。どうしてもその日の記憶が思い起こされる。そうして、ーそうして本当におかしな事に、自分でも頭がおかしくなったことを、正気を疑うのだが、頭の中で、キスされている相手がいつの間にか僕に成り代わっていた。おかしい、おかしい、どうしてなのか体が熱くなる。何を考えているんだ、頭がおかしいのか、そう思うのに、無意識に、本当に何も考えずに、自分の薄い唇がこいつの唇に近づいて行った。
ちゅ、と小さな音を立てて、唇に触れたのは一瞬で、そうしてばっと顔を離す。沸騰するように頭が熱くなる。は?は?僕は今、目の前の男に何をした??弾かれたように体を離す。僕は頭がおかしくなったんじゃないか????
そこにいられなくなって、踵を返して走り出す。
僕は、僕はなにをしたんだ!!!
「…は?」
金髪の少年が走り去った後で、黒髪の少年の口から堪えきれずに声が漏れる。
金髪の少年がそっと忍び足で近づいてきた時点で起きていたが、余りにも面倒くさいので反応しないことにして、どうせなにか大変に面倒くさいことを考えているのだろうなと、こいつ風邪でも引いて毎日休んでくれないかな僕の前に現れないでくれないかななどと、思っていた。
目の前に来て髪に触れられたかと思った。どうせ僕の髪でポリジュース薬でも作るのだろうと思ったら、唇を重ねられて、一瞬で離された。そして薄目で真っ赤に顔を染めて僕を見つめる憎たらしい少年の小さな顔が見えた。
意味が…わからない。
彼奴は頭がおかしくなったのか?惚れ薬でも飲んだのか?そうであったらどうせ双子あたりに盛られたのだろうなと思った。
それか僕に対する新しい嫌がらせか?僕の体にキスをされたことでなにか異変が起きる呪いなどだろうかと真剣に黒髪の少年は見当違いのことを悩み出していた。
2/5/2024, 7:28:17 AM