むかーしむかし。あるところに、一つのかたまりがありました。
かたまりは、延びたり縮んだり、冷えたり温まったりしながら分裂してゆきました。
はじめは、元通り一つに固まろうとすれば、易く一つのかたまりに戻れたのですが、時が経つにつれ、分裂した小さなかたまり達が遠くへ飛んでいってしまうようになりました。一つになるのが難しくなってしまったのです。
一つのかたまりは一つのかたまりであることを忘れ、たくさんの小さな物質になりました。
今でも一つのかたまりは、小さくて多い個のままです。
そしてそれらは、一つのかたまりに戻ることを望みません。むしろ一つに固まることを悪だとみなします。一つのかたまりでなくなったこの世は、ひどく美しいようです。
題:仲間
柔らかい雨が降ってきた。わたしの好きな、激しく世界を打つ土砂降りには程遠い。
突然の雨だった。梅雨みたいにネチっこく、きみみたいに優しく降る。
地面が雨水の膜を張って、雨の優しさも靴底の弾力も受けとめていた。上の方では街灯が微睡んでいる。
わたしは傘を持っていないきみに、リュックの底から薄い折り畳み傘を差しだした。きみは鼻にかかったような声で、ありがと、と受け取り、二人の間で広げる。
はやりの音楽では、傘はいらないだの傘を捨ててだの歌っているが、確かにこの小さな傘ならあるもないもそう変わらない気がする。
肩幅の広いきみの左半身が、優しくて大きな雨に襲われていた。かく言うわたしも、制服のすそがじっとりと冷たくなっている。
それでもお互いの左手を繋いでまで傘に収まろうとするのは、やっぱり優しすぎる雨のせいなのだ。
題:手を繋いで
手の届かないものなら理性を保てるのに、望めば触れられるものになると歯止めが利かなくなる。いつも居てくれてありがとう、無理させてごめんね、俺の先輩。
題:ありがとう、ごめんね。
大夕焼が水平線を食べ、蝙蝠が群れを成して飛び叫び、船は長い汽笛をはき、木が葉を落とし、山の方から風が吹いている─────、部屋の片隅。
題:部屋の片隅で
逆さまって、憧れる。
だって周りと違うってことでしょ?何もせずただ突っ立ってたんじゃ、誰もあたしのこと見てくれない。逆立ちしてでも良いから、目立ちたいの。皆と真逆の意見をおし通して、あの子は違うって、一目置かれたい。
逆さまのあたし、素敵でしょ、って。
題:逆さま