セーター
私は美大受験用の研究所と呼ばれる絵画教室に通い
1年浪人したのだが、
油絵は大好きだったので、少しは上手くなったものの
石膏デッサンが上達しなかった
真ん中に描いた石膏像が、形を取っているうちに
右に寄ったり左に寄ったり
まるで、描いた石膏像が生きていて
紙の中で私と追いかけっこをしているような感じだった
絵を描くと言うより
魔法使い見習いが
箒の乗り方を練習しているようなオカルト感があった
そんな、脳内で石膏像相手に死闘を繰り広げている私
の後ろで
先生達は呑気におしゃべりをしている
女の子ってさ、好きな男にセーターとか編んじゃうんでしょ?
怖いよね、だって、俺の事を想いながら一針一針編んだものをさ、マフラーだったらずっと首に巻く訳だろ
おっかねぇ!首絞められてるみたいじゃんかよ
気持ち悪ぃ!呪いだよな
で、手編みなんかもらったらさ
喜んであげなきゃならないんでしょ?
…黙って聞いていれば…なんてこった…
私は恋をして、手編みのセーターを編み終わっていたのだった
ツンツン…
好きな人を後ろからつついた
イーゼルにかかった油絵に夢中なフリをした無視である
私は2回つついてみて諦め
後日、自分でセーターを着て研究所で石膏デッサンをしていた
あらー?
自分で編んじゃったのかしらぁ?
と、先生の奥様が意地悪そうに微笑んでいた
女は恋に敏感である。
私はデブであったので、奥様にいつも容姿の悪口を陰で言われていて、
それを親友からチクられており、奥様が苦手だったのだ
誰に編んだのかしらぁー?
自分で着ちゃったの?クスクス…
うわあああああ!!内心、叫びたかったが
黙っていつも通りに石膏像と紙の中で追いかけっこをはじめたのだった。
落ちていく
私は幼少から酷い虐めにあっており
いつも傷だらけで体中痛かった
家は貧しく、両親の夫婦仲も悪く
絶望の毎日で根暗と言うあだ名だったのだが
子供のクセに心の中ではこっそりと
人間の深遠に触れたと驕り高ぶり
自分が正義の味方だと思い
善行だけを行う善人だと思い込んでいたが
長く生きると、自分が良かれと思ってした事も
実は誰かを傷付けていたり
強すぎる正義の主張こそが悪になっていたり
悪意が無くても、失敗した時には加害者になってしまう事すら有り、
ふとすると
気持ちが堕ちて真っ暗闇に呑まれて
自分自体が真っ暗闇なんじゃないかと思うけれど
真っ暗闇から見た景色は
物凄く明るくて眩しくて
あぁ、なんて世界は素敵なんだろうって
涙が出る程、毎日感動できる
みんなありがとう。
大好き。
夫婦
独身の身からすると
気の合う仕事仲間が
うちの主人がね、と話す瞬間
う……
と、引け目を感じてしまうのだ
独り身で子供がいない事を知られると
可哀想
と言われてしまう事もあるし
罪人のように言う人もいる
でも私が感じるのは
旦那さんと共に暮らした夫婦の歴史が眩しくて
尊くて、
他人を愛して譲歩したり、助けあったりしながら
自分達の子供を愛して世話をして、
時には理不尽に耐えたり、
子供や旦那さんや、親戚の為に我慢して、
頑張ってこの人はこうして今存在しているのだな、と
光り輝く人間性の高さを感じて
それに比べて私は人生経験が積めなかったんだ
凄く一般の人達より劣っているのかな……と
劣等感で身の置き所が無くなるのだ
私は男性から求められもせず、子孫を残せなかった。
このまま存在していてもよいのだろうか……。
自分の存在の可否を考える事自体が傲慢なのかもしれない。
寒くて暗い1人の時間はつい、こんな事ばかり考えてしまう。
絵を描いている時は存在していても許される気がする。
この形、この色、雰囲気……これで、いいか、いや違う、しかし何が正解なのだろう、正解など無いのかもしれない……
チマチマチマチマ考えている間は自分の存在に悩まない。
私の存在全てを許してくれる神がいるなら、芸術の神なのだと思う。
神様、私の孤独を生贄にしますからお願いですから良い絵を描かせてください。
天国と地獄
私は今、他の仕事場にお手伝いに行っている
明るくて綺麗な場所でみんな優しい。
天国だ。
しかし、元々いた職場の
教育担当の先輩に恫喝され
泣きながら必死に耐えて覚えた仕事
まさに地獄と言っても過言では無かったが
その地獄の中で見た
優しく慰めてくれた先輩の笑顔は後光が指すほど光り輝いて見えたし
同期の、苦難を共にした戦友のような熱い友情
辛く苛酷な現場で生まれた愛社精神
いつも薄暗く、ロマンチックな美しさ
飴と鞭
鞭で打たれたような、
いつも血を流してズキズキ痛む心
常にギチギチに縛られたような緊張感
愛に飢えた心に
優しさと言う名前の飴がたまらなく甘美だった。
闇が深いほど、光がまぶしく、ドラマチックで陶酔した。
怒り憎しみ愛おしさ
あの地獄にまだ心を残している。
真夜中
真夜中に恋文を書くと失敗すると言う話を思い出した。
私の今のバイト先は薄暗い、そして肉体的にとても疲れる。
非日常の世界は常に真夜中のようであり、そのようなテンションになっていた。
本日、昼にご近所の集まりが有り、写真を撮っていただいたのだが
写っている自分を見て
伯母に生き写しであった。
伯母は生涯独身であり、私の幼い頃は両親よりも可愛がっていただき、
いつも、珍しいおもちゃを買ってくれた人であった。
大好きだったのだが、1つ残念に思っていたのは
なんで、おばちゃんは、女の人っぽい洋服を着ないのかな?変わってる……。
と、いつも思っていた。
母から聞いた話だが、伯母はお見合い結婚をしたが
旅館で旦那さんのスネ毛を初めて見て仰天、驚愕して逃げて帰ってしまって、結婚は無しになったそうだ。
そうなるとバツイチ?なので
エピソードとしては悲惨だが
選んでくれる人がいたので私よりはまだマシなのでは無いかと思う。
しかし、私は最近浮かれていた。
今は深夜テンションで書いた自分の恋文を読んで恥ずかしくなっているような気持ちである……。
職場で私に思わせぶりゲームをしている男性たちに申し上げたいのだが、
痛々しいおばさんをからかって遊ぶのは、本当に可哀想だからやめてあげてください。
罰が当たりますよ!
来世は私と伯母のような、いつまでも乙女を内包したおばさんになって苦しんでください!