どうしても…
夫はこの家を処分して、老人ホームに入りたいと言う。この間言われて驚いた。
2人で働いて、40代で建てた家だ。そりゃ、子どもたちも巣立って、広すぎるとは思うけど、愛着がある。そんなに簡単に手放すなんて出来ない。
猛烈に反対したんだけど、夫は老後の生活環境のこととかいろいろ言っていた。売れるうちに、とも。
でも、嫌だな。どうしても…
(No.199妻の側)
No.202
まって
急に目の前が光った。銀色の粉が視界を舞っている。
自分の体が傾いたのは分かったが、とどまることが出来なくて倒れた。
意識が朦朧としている。
え?なにこれ?私、死ぬの?
待って!
No.201
まだ知らない世界
はーぁこれがキスというものね!
え?なに?
彼の唇が、首筋を這っている。
い、今こそ、まだ知らない世界に突入しようとしている!
No.200
手放す勇気
子どもたちは大きくなって独立していった。この家を手放して、夫婦で老人ホームに入った方がいいかな。庭を眺めながら考えていた。
先日、「最後の」と称したクラス会があって、けっこうな人数が亡くなっているし、ホームに入った人も多かった。身辺整理を早めに済ませて、お金はかかるが清潔で3食付きのホームは温度管理も完璧で、快適だそうだ。
「あなた、どうしたの?」何度か声をかけられたのに、聞こえなかったらしい。
「うん、ほら、この家もだいぶ古くなったから、売れるうちに処分して、2人でホームにでも入った方が、これからのために良いのかなと、考えていた」
「えーっ、イヤよぉ。長年住んだこの家で暮らしたいわ」
「この間、俺クラス会に行っただろう?40人のクラスで28人死んでて、5人ホームに入ってた。そのうちの1人が来ててさ、いろいろ聞いたら良さそうだったんだよ」
「だって、ここから出るなんて!この家から出るなんて!ここに居たい!」
「俺たちももう80歳だよ」
俺が建てた家だし、妻と同じで愛着はある。だが、私たちが死んだあと、子どもたちが処分に困るだろう。手放す勇気も必要なんだがなぁ。
No.199
酸素
亡くなった義父は、肺炎で片方の肺が使えなくなり、酸素ボンベからチューブで鼻に送られる酸素を吸いながら生活していた。
そんな身体でも、毎日散歩に出かけて、小一時間帰ってこない。義母が一緒に行くと言っても「一人で行ける!」と怒る。しょうがないので家族も見守っていた。
そんなある日、小学生だった娘が言った。「おじいちゃんに会ったよ」通学路の途中に小さな階段があり、そこに腰掛けてタバコを吸っていたという。
「タバコ?!」私と義母は驚いた。主治医からも厳禁されていたし、うちにタバコは置いていない。どうやって?
義母が「お父さんタバコどうしていたの?」と聞いても答えない。「もう吸わないから良いだろう!?」の一点張りだったので、酸素吸わなきゃいけない状況なので、タバコは止めてと言っても返事もしない。
最晩年はさすがに散歩にも行けず、脳幹出血で急に亡くなった。
亡くなったあと「亡くなったから言うけど」と、付き合いのある電気屋さんに聞いたのは、店に入ってきてタバコを買い(併設されていた)1本吸って、店主に預けて帰っていたという。娘が会った時は、庭の木に隠してあったのを吸っていたのだが、見つかって取り上げられて、電気屋さんに行くようになっていたのだ。
考えたなぁ、と、思わず感心した。酸素を吸わないと苦しい身体でも、タバコを吸いたかったんだな。
No.198