「こっちに恋」「愛にきて」
私の両親は、私が恋愛することを許さなかった。男を好きになるなんて!ふしだらだの尻軽だの、さんざんな言われようで、そう言い聞かされて育ったせいか、恋をするときめきなど無かった。
それなのに、親の思惑通り年頃を過ぎた私に「あんたってモテないのね」と言う母親に、呆れてモノが言えなかった。モテなくはないが、それどころか恋愛はしたが、成就しなかったのは、親の教育のせいではないか!
呆然とする私に、母は追い打ちをかける。「モテる娘は、ただ歩いていても声をかけられるものじゃない?」
「恋愛禁止の私が、そんなナンパみたいな出会いで恋愛しても良かったの!?」さすがに母は、気まずそうに黙って、コーヒーカップを撫でていた。
私は猛烈に腹が立った。よぉし、じゃ、もう年も年だし奔放な恋をしてやる!
私の恋よ、こっちに恋!
誰でも良いから愛にきて!!!
No.179
巡り逢い
妻を亡くして、このグループホームに入って、78歳の私は恋をした。これが「老いらくの恋」というものか!
私が入所して、その歓迎会を開いてくれたんだが、12人の参加者の中で、終始ニコニコと優しい笑顔を浮かべている人だった。
そのタミさんは、偶然にもお向かいの部屋で、食事の時に出ていくとちょうど会ったりして、言葉を交わすようになった。
なんの話でもニコニコ笑って、短い返事をくれるだけなのだが、私はタミさんのその笑顔が何より好きだ。
1ヶ月ぐらいして、息子と娘がやっと訪ねてきた。部屋でいろいろ話していて、つい「その向いの部屋の人、すごくいい笑顔なんだよ」とつぶやくと、「お父さん、今さら『老いらくの恋』なんて止めてよね」「そうだよ、騒動の元だよ」「騒動とは何のことだ?」「お父さんけっこう財産家だから、狙われるわよ」「何だお前ら、自分の分け前が減る心配か?その人に私は、財産の話などしたことはない。失礼なことを言うな!」思わず声を荒げたからか、息子と娘はそそくさと帰って行った。
「どうしたの立花さん。お子さんたちが怒って帰ったみたいね。それで、お向かいの部屋の人のことを聞かれたんだけど?」「あ、いや、何でもないんですよ」「そうよね〜、あのお部屋、空き部屋だもの」
「えっ?」「1番長く住んでくれた人だけど、亡くなってもう半年経つかしらねぇ」「タミさん…」「あら、よくご存知ね、誰かに聞いたの?」ヘルパーさんはまだ何か言っていたが、そのへんから私は何も耳に入らなかった。
私のせっかくの巡り逢いは、泡のように消えていった。
No.178
どこへ行こう
さぁ、どこへ行こう!
定年退職してから、私は暇すぎて、妻の趣味の吹き矢を私もやると言ったら「いやよ、夫が趣味の場にいるなんて」と断られた。
かと言って、毎日家にいると邪魔にされる。どないせいっちゅうねん!
ということで、散歩に出ることにしたのだが、さて、どこに行こう。
この年になるまで働いてきて、プライベートな付き合いのある友人は居ない。男性はそういうのが多いらしい。女性は働いていても、仕事帰りに趣味の勉強をしに行ったり、ジムに通ったりする中で友人ができたりするらしいが。
そうか!今気づいた!私もこれから趣味を見つけよう!
とは言え、何をやれば良いかも分からない。カルチャースクールとか公民館の講座とかを調べて、手当たり次第に行ってみるしかないか。さぁ、最初はどこに行こう?!
No.177
big love!
私の中で一番大きい愛は、親の愛だと思っている。子どもを産んでから、怖いものは無くなった。この子たちを守るためなら戦える。まぁそんな場面は無いのだが。
そして、老いた今は、子どもたちに守られている。病を得たのもあり、家事を代わってくれたり、車に乗せてくれたり。
でも今でも、子どもを守るためならどんなことでもする!という気持ちに変わりはない。この子たちがどうにかなることを考えたら、気持ちがおかしくなる。
非常に単純なのが、親のbig loveである。
No.176
ささやき
昔は「花泥棒は罪にならない」なんて粋なことを言ったものだ。あまりの美しさに魅せられて、思わず1本手折ってしまうのは、しょうがないことだ。みたいに解釈したらしい。
だが今は、人さまの庭先に咲いた花を持ち帰ったら、もちろん罪になる。罪になるのだが・・・
ある日、駅からの帰り道、気まぐれで通った脇道の途中に、とてもきれいな花を咲かせている家があった。塀際にチューリップ、パンジーにビオラ、隅にはクリスマスローズやオダマキもあった。
私はこのオダマキがとても好きだ。クリスマスローズも俯いて咲くが、オダマキが俯いて控えめに咲くのがいじらしい。
紫色のその花が愛おしく可愛く、思わず手を伸ばして摘み取ろうとしたが、すんでのところで踏みとどまった。いけない、いけない、泥棒はいけない。
立ちがりかけた私に、ささやきが聞こえた。いつの間にか隣に、年配の女性が来ていたのだ。「お持ちいただいても良いですよ。株ごと差し上げます」「えっ、あ、でも」「とてもお好きなのが分かります。オダマキも、連れて帰ってもらったら喜びます」「本当ですか?実は摘もうと一瞬思ってしまいました。お許しください」「良いんですよ。私も年を取って、手入れもたいへんになってきました。庭を縮小して、駐車場にしようかなと思っていたぐらいです。お好きな方に連れて帰ってもらいたいです」
結局、そこにあったオダマキを全部、株ごといただいて帰った。7株ほどあった。あとで何か、あのご婦人が好きそうなモノをお届けしよう。
早速、猫の額みたいな我が家に植えた。オダマキは長く楽しめる。私は長く幸せな気分だった。あの時、摘み取ってしまわなくて良かった。
No.175