巡り逢い
妻を亡くして、このグループホームに入って、78歳の私は恋をした。これが「老いらくの恋」というものか!
私が入所して、その歓迎会を開いてくれたんだが、12人の参加者の中で、終始ニコニコと優しい笑顔を浮かべている人だった。
そのタミさんは、偶然にもお向かいの部屋で、食事の時に出ていくとちょうど会ったりして、言葉を交わすようになった。
なんの話でもニコニコ笑って、短い返事をくれるだけなのだが、私はタミさんのその笑顔が何より好きだ。
1ヶ月ぐらいして、息子と娘がやっと訪ねてきた。部屋でいろいろ話していて、つい「その向いの部屋の人、すごくいい笑顔なんだよ」とつぶやくと、「お父さん、今さら『老いらくの恋』なんて止めてよね」「そうだよ、騒動の元だよ」「騒動とは何のことだ?」「お父さんけっこう財産家だから、狙われるわよ」「何だお前ら、自分の分け前が減る心配か?その人に私は、財産の話などしたことはない。失礼なことを言うな!」思わず声を荒げたからか、息子と娘はそそくさと帰って行った。
「どうしたの立花さん。お子さんたちが怒って帰ったみたいね。それで、お向かいの部屋の人のことを聞かれたんだけど?」「あ、いや、何でもないんですよ」「そうよね〜、あのお部屋、空き部屋だもの」
「えっ?」「1番長く住んでくれた人だけど、亡くなってもう半年経つかしらねぇ」「タミさん…」「あら、よくご存知ね、誰かに聞いたの?」ヘルパーさんはまだ何か言っていたが、そのへんから私は何も耳に入らなかった。
私のせっかくの巡り逢いは、泡のように消えていった。
No.178
4/25/2025, 3:39:59 AM