ささやき
昔は「花泥棒は罪にならない」なんて粋なことを言ったものだ。あまりの美しさに魅せられて、思わず1本手折ってしまうのは、しょうがないことだ。みたいに解釈したらしい。
だが今は、人さまの庭先に咲いた花を持ち帰ったら、もちろん罪になる。罪になるのだが・・・
ある日、駅からの帰り道、気まぐれで通った脇道の途中に、とてもきれいな花を咲かせている家があった。塀際にチューリップ、パンジーにビオラ、隅にはクリスマスローズやオダマキもあった。
私はこのオダマキがとても好きだ。クリスマスローズも俯いて咲くが、オダマキが俯いて控えめに咲くのがいじらしい。
紫色のその花が愛おしく可愛く、思わず手を伸ばして摘み取ろうとしたが、すんでのところで踏みとどまった。いけない、いけない、泥棒はいけない。
立ちがりかけた私に、ささやきが聞こえた。いつの間にか隣に、年配の女性が来ていたのだ。「お持ちいただいても良いですよ。株ごと差し上げます」「えっ、あ、でも」「とてもお好きなのが分かります。オダマキも、連れて帰ってもらったら喜びます」「本当ですか?実は摘もうと一瞬思ってしまいました。お許しください」「良いんですよ。私も年を取って、手入れもたいへんになってきました。庭を縮小して、駐車場にしようかなと思っていたぐらいです。お好きな方に連れて帰ってもらいたいです」
結局、そこにあったオダマキを全部、株ごといただいて帰った。7株ほどあった。あとで何か、あのご婦人が好きそうなモノをお届けしよう。
早速、猫の額みたいな我が家に植えた。オダマキは長く楽しめる。私は長く幸せな気分だった。あの時、摘み取ってしまわなくて良かった。
No.175
4/22/2025, 4:04:05 AM