あなたは誰
急に、母が言った。
「あなたは誰?」
「えっ?」
「『え』じゃないわよ。急に人の家に入って来て、冷蔵庫開けるなんて」
母から頼まれた買い物をして来たのに。
「お母さん、冗談でしょう?」
「お母さんだなんて、なんのつもり?」
「・・・。」
母はまだ63歳だ。少し早くないかな?
でも、こうなった人に、
私よ!私!自分の娘なのに分からない?とか
ボケちゃったの?
とか、言っちゃいけないそうだね。
私は、深呼吸して気持ちを落ち着け、
「おうちを間違えたみたいです。帰ります」と言った。すると母は、
「分かればいいのよ、さようなら」と、警察に届ける気までは無いようで、すんなり見送ってくれた。
玄関から外に出て、私はどうしようかとしばらく考えた。それで、家の周りを15分ほど歩いてから、もう一度玄関を開けて「ただいま〜!」
すると、母が出てきて、
「由美子、遅かったじゃないの。お豆腐と牛乳買ってきてくれた?」だって!さっきはあなたは誰?って言ったくせに!
でも、私は少しホッとした。こうやって少しずつ進んでいくんだろうけど、今からお医者さんに行けば、少し進行を遅らせることが出来るかも知れないから。
No.114
手紙の行方
愛を込めて書いた手紙をポストに入れたんだけど、ユウキのところに届かなかった。何故かは分からない。
ユウキに会ったとき「私のラブレター読んだ?」と照れながら聞いたら「えっ?貰ってないよ」と言われてしまった。すごくショックだった。
私の手紙はどこに行ったの?郵便局の人がポストから集配したときに、風で飛んじゃった?いや、そんなはずはないか。
今はメールやLINEの時代だから、手紙をもらうと愛が深まるって、読んだ雑誌に書いてあったの。だから、一生懸命書いたのに。
それより、誰かが拾って読んだらどうしよう?うわっ、はずっ!
ユウキに聞いたのが昨日で、まだ私の手紙は届かないみたい。代わりにユウキが小さなカードをくれた。
「手紙がどうなっていても、ユイを愛してることにかわりはないよ」
えへへ〜、もう手紙の行方はどうでもいいやぁ。ユウキ大好き!
No.113
輝き
ワシにあの頃の輝きはもう無い。なんでも出来て、何でも手に入ったあの頃。もう何十年前だったのかも忘れたが。
ワシは一族の長として、何百人も統制していた。皆、どんな小さなことでもワシに相談し、ワシの許可が出てから動いていた。
ワシは一番大きな飾りの付いた帽子を被っていた。それが一族の長のシルシだからだ。衣装も、代々受け継がれた豪華な衣装だ。女たちがうらやましがって、その衣装に頬を擦り付けたものだ。そしてワシに、妻の座を狙って擦り寄ってきたものだ。
一夫多妻制だから、妻は十指に余った。ワシはその者たちの名を全部覚えていたし、平等に愛し、子も24人?いや34人だったかな、まぁそのぐらいもうけた。
ワシが長になったのは、後ろに見える火山から現れたからだ。自分でも何故かは分からないのだが、熱い溶岩の中から現れたと言われている。そして、ワシが長になってから半世紀経って、別な者がまた溶岩の中から現れ、長は交代になった。一族の言い伝えでそうなっているからだ。
そうか、分かったぞ!ワシがもう一度溶岩の中から現れれば、また長になれるということだ。
あの頃の輝きを取り戻すために、ワシは火山に向かって行くぞ!
(その後、一族の中で彼を見たものは居ない)
No.112
時間よ止まれ
昔あったのよ、「時間よ止まれーっ!」って言うと、周りの人がピタっとその場所で止まって、その間に事件を解決するの。犯罪の証拠や痕跡を見つけるんだったわね。
なんだかさー「時間よ止まれ!」って言う主人公の子役が可愛くて、それもあって一所懸命テレビ観てたよ。太田博之っていう名前だったかなぁ?長じて、何故か寿司屋チェーン興して、しばらくして潰れてたわねぇ。
そのドラマがあったから、私は時間を止めたいというか、何か解決に悩むと、自然に「時間よ止まれ!」っていう癖があるの。
今思うと、あの子のそれって超能力だったのかな。まぁとにかくね、あの子が「時間よ止まれ!」って言ったら、逃げていた犯人も止まるし、証拠を掴めるし、子どもだったからワクワクしたものよ。
追記・調べてみたら、NHKで6ヶ月間ウイークデーの18時からやっていた「ふしぎな少年」というドラマの中で出てきたセリフでした。「時間よ止まれ」というタイトルじゃなかったんだ。なんと、手塚治虫さん原作だそうてす!
No.111
君の声がする
さりちゃんとかくれんぼしてたんだけど、みつからないの。どこをさがしてもみつからないの。さっきからずっとさがしているのにな。
さっき、まりえせんせいが「おひるねのじかんですよ!みんなおいで」っていってからだいぶじかんがたってる。もう、おかえりのじかんになってたりするかなぁ?
ぼくはかなしくなって、はずかしいけどなきながら「さりちゃ〜んどこなの?みつからないよ〜!」といったんだ。そしたらどこからかさりちゃんのこえがする。
「かいとくん、さりちゃんいるよ。ここにいるよ」「さりちゃんいた〜!どこにいるの?」「もう、でていっちゃってもいい?わたしのかちだからね」「さりちゃんのかちでいいよ。でてきてよ」そういったとたんに、うしろからさりちゃんのこえがした。「きたよ〜!」「あー、さりちゃんいた、よかったぁ」「さりちゃん、いたよ」
そのあと、ふたりでほいくしつにもどったら、まりえせんせいに、ものすごーくおこられた。でも、さりちゃんいてよかった!
No.110
ありがとう
うちの家事ロボットのココロは、もう古いタイプになっている。後継種がどんどん出ていて、最新のモノはもっと動きが滑らかで、形も人間に近い。
でもオレは、ココロが好きで、捨てられない。そりゃ、後継種を買ったら下取りしてくれるから、まるっきり捨てるのではないにしても、ココロと別れることは出来ない。
街を歩いていると、最近は家事ロボット用の飾りも売っている。帽子だったりエプロンだったり、スリッパもある。かわいいと思ってもココロ用のはあまり無い。機種が古いからだ。
ところが、今日覗いたお店では、いくつかあった。おぉ、あるじゃないか!とつぶやいているのをそばに居た店員さんに聞かれ「そうなんですよ。古いタイプのを可愛がって使っていらっしゃるお客さんも多くて、時々聞かれるんです。それでバイヤーに言って探してもらいました」それは嬉しいね。と、オレはまた口の中でつぶやきながら、エプロンを3枚ほど選んだ。
帰宅すると、ココロは窓拭きをやっていた。ベランダの窓は、少し油断するとホコリや鳥の糞で汚れてしまう。
寒いベランダから冷たい風をまとって入って来たココロに「寒いのに、ありがとう」と声をかけた。オレは最近、ソファで座ってゲームしながら、なんでもココロにやらせることはしないし、挨拶もするようにしている。
「ロボットハ、サムサヲカンジマセン」「知ってるよ、そんなこと。でも、ココロがやってくれなきゃ、オレが寒い外で窓のあっち側拭くんだよ。それは辛いから感謝してるんだ」「ナルホド」
「それよりさ、今日ココロに似合いそうなエプロン見つけたんだ。ほら3枚買ってきた」「エプロンデスカ???」「うん、ほら1つつけてみよう」
と、オレは1番似合いそうなチェック柄のエプロンを、ココロにつけてやった。
「ワタシタチハボウスイカコウノボティデスノデ、モシヨゴレガツイテモ、カタクシボッタヌノデフケバスグキレイニナリス」「うん、まぁそうだろうな」オレは少し気色ばみながらそう言った。
だが、ココロは直ぐに続けて「デモ、ウレシイ。アリガトウ」
(No.106の続き)
No.109