日陰
夏は日陰を選んでは歩き、冬は日陰を避けて日向を歩く。夏は日向だと死にそうになるし
冬は日陰だと非常に寒く、お日さまの実力を痛感するのだ。人は勝手なものだね。
日の当たる所は明るいけど、夏みたいに日陰がいい時もあるから、日陰も日向も必要なんだ。
当たり前だけど、日向と日陰は裏腹というか、一歩踏み込んだら日向に入ったり日陰に入ったりするんだから、今は日が当たらなくても、必ず日がさしてくるはずだよ。
そんなに自分を卑下せずに「さぁ行くぞ!」と、一歩踏み出してみようよ。
No.93
帽子かぶって
東北区で火事の通報が入った。さぁ今日も行くぞ!
俺は、町の消防団の一員だ。
どんな困難が待っているか分からないが、普段、仕事の合間に訓練もしている。だから、何があってもだいじょうぶだ!
制服を着て、詳細情報を得て、消防団の車庫に走る。
帽子は抱えて行き、消防車に乗るときにかぶる。すると、仕事からの切替が完全に出来て、気合が入る。
この帽子は、俺にとってスイッチみたいなもんだ。
No.92
小さな勇気
わたしだって、でんわかけられるもん。でも、なんばんかわからない。110と119ならしってるけど、どっち?
でもはやくしなくちゃ。ママとパパがかえってきちゃう。どっちでもいいから、かけちゃおう。
「もしもし、事件ですか?事故ですか?」
「どっちかわかんない」
「お子さんですね。何年生ですか?お名前は?」
「あゆみちゃんだけど、なんねんせいでもないの」
「じゃね、あゆみちゃんいくつ?」
「5さい」
「5才ですね?それでどうしたの?」
「パパとママがかえってこないうちに、なの。ママが、おでんわわすれていったからかけてるの」
「じゃ急ごうね。何があったか、話してくれる?」
「いつも、おしいれにいれられていて、ときどきたたかれるの。ごはんもすこしでおなかへってるの」
「そうなの。GPSで場所わかるから、いまから行くからね。必ず行くから待っててね」
「はやくきてね」
パパと呼んでいたのはママの内縁の夫で、連れ子のあゆみちゃんが邪魔だったのか、単にイライラのはけ口だったのかは分からないが、日常的に暴力を振るって、罵声を浴びせていたらしい。食事も最低限で、5才児の平均体重の三分のニぐらいだった。顔を見るとイラっとするからという理由で、パパが居る間は押し入れに閉じ込められていた。でも、パパの勝手な都合で引っ張り出しては殴られたり蹴られたりした
。驚いたことに、ママも殴っていたらしい。身体中にアザや擦り傷やコブもあった。
大人にとっては、電話をかけるなんて小さな勇気だが、あゆみちゃんの大きな勇気が、彼女を救った。
(11/8「あなたとわたし」の半年後)
No.91
わぁ!
プレゼントの箱を開けたとたんに、朋美は「わぁ!すごい、どうしてわかったの?こういうの欲しかったの!」
今年の流行色だと、売り場の女性に言われて選んだのだが、僕は少なからず驚いていた。こんなに喜んでくれるなんて。
うちの母は、一人っ子の僕が何かプレゼントしても、全然喜ばなかったんだ。それどころか「こんな色、派手で着られないわ」「この時期からじゃ、つけられないわね」「私これ、使わないのよ」
性懲りもなく毎回選んでは、今度は喜んでくれるかなと差し出したプレゼントは、ことごとくけなされて、選んだモノも輝きを失う。
だけど今、朋美は、誕生日プレゼントのトップスを胸に当てて似合うかと聞いたり、広げてはつくづく眺めたりと、全身で喜んでくれている。
「ごめんね、ブランドものは買えなかったんだ。そんなに高いものじゃないよ」
「値段じゃないわ、啓太が私のために選んでくれたのが嬉しいのよ。それに、とっても肌触り良いし、ブランドなんて無くっても良いものは良いものよ」
こんなに喜んでくれるなら、次は…クリスマスか!頑張って選んじゃうぞ。あーやっぱり喜んでもらうと嬉しいな。朋美が「わぁ!」って言ったときの笑顔は最高だったよ。
終わらない物語
人が生まれて死んでいく。それが連綿と続いていく。これこそが終わらない物語だ。
ものすごい数の精子が、長い長い旅をして、熾烈な戦いのあと、卵子と出会うのだが、受精卵となる確率は28億分の1と言われている。こうしてこの世に出た私たちの、親の親の親の親の、そのずっと前のご先祖さん達も入れると、限りない出会いと、それ以外の人たちとの別れがあって、そしてそれぞれがここにいる。
「ファミリーヒストリー」という番組があって、たかだか3代4代前あたりまで遡っても、壮大なドラマがある。有名人ではなくても、やはりそれぞれのドラマがあるはずだ。
子どもが生まれないとしても、人生には物語があるのだから、こうして私たちの前から繋がった物語を、私たちも、その後の人たちに受け継いでいく。
私たちの物語は、大きな大きな終わらない物語のほんの一章なのだ。