シャイロック

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11/27/2024, 3:30:40 AM

微熱

 彼女はいつも、微熱でもあるように目が潤んでいた。ボクの手を握る指は細くて、思わず握り返すのだが、折らないように気をつけなければならない。透き通った白い肌は美しく、ずっと抱きしめて離したくないと思った。
 「ねぇ、こっちに来て」と誘われて、ボクはふらふらと従った。これから起きることを想像して、胸が熱くなった。
「ここなら誰も来ないわ」そう言うと、木でできたベンチに座るように促した。ボクにとって、少し年上の彼女は魅力的で、何か言われたら従わなければならない、いや従いたいと思っている。
 彼女はボクの肩に手を回して、顔を寄せて微笑んだ。あーこれが初キスになる。ボクは目を閉じた。
 唇ではなく、首筋に熱い吐息を感じて、ボクはますます瞼に力を入れた。彼女が戯れで噛んたのだろう。ちょっとだけ痛かった。
 目を開くと、間近に彼女の唇があったので、ボクはそれに吸い付いた。甘い甘い数秒後、彼女が言った。
「もう、あなたも私の仲間よ」
キスのせいか、微熱が出てきたような気がして、ボクは自分の額に手を当てた。

11/26/2024, 3:28:50 AM

太陽の下で

 果たして俺はどれだけの間、地下に居たのだろう。さっきふと目覚めたら、窓のない小さな部屋にいた。いつからか、それが普通だったのだろうか?なにしろ記憶が無い。目覚めるまでの記憶が一切合切無い。俺は誰だ?いくつだ?なにもわからない。
 特に監禁されていたわけじゃなくて、普通に歩いてドアを開けて、階段を上ったらここに出た。だが、太陽の光が眩しくて、目が開けられない。上に来て、もう小一時間経ってもそうなんだから、しばらく日に当たっていないということなのではないのか?どうして、あの部屋に居たのだ?それも分からない。
 さて、何も分からない状態では、これからどうしたら良いのかも分からない。しばらく、この太陽の下で日向ぼっこでもするか。
 俺ってのん気だな。それだけは分かった。

11/25/2024, 3:55:36 AM

セーター

 ウールのセーターに包まれてるみたい。私の希望で遊園地に来たのに、手がかじかんで足が冷たくて、すっごく寒くて動けなくなっちゃった。
 入場したばかりなのに「あったかいお茶の飲めるお店に行きたい」と言い出したのはわがままだよね。でも、明は自分のセーターを脱いで、私に着せてくれた。明、優しい。好き!
 「明は寒くないの?だいじょうぶ?」
「俺はお肉あるからさ、ほら」
お腹をポーンと叩いてふざけるところも好き。笑ったらクシャっとなる優しい笑い顔も好き。イケメンじゃないけど、理屈抜きで好き。
 このセーター、だぶだぶ!だけど私、薄いおしゃれなブラウスを着てきたから震えちゃって、このセーター着たときはもう、地獄から天国の気分だったよ。
 もう、さ、ずっと明について行く。セーターのせいじゃないよ。もともと好きだからデートしたんだもん。だけど、このセーターがきっかけになったのは間違いないかも。
 「明ありがと。やっぱ観覧車乗ろう」
「よし、乗ろう!」いそいそと観覧車の方に行く後姿も好き!だーい好き!!!

11/23/2024, 3:42:44 PM

落ちていく

 自分、高所恐怖症のくせに、スカイダイビングはやってみたい気がする。
 飛行機から飛び出して、風の抵抗を受けながら落ちていく、「落ちる」のではなく「落ちていく」感覚はどんなだろう。
 数秒で地面に激突するビルからの飛び降りとは違うだろうから、自分みたいなビビりでも、すぐ落ちるよりは、落ちていく間になにを考えるだろうとか、なにが見えるだろうとか、ちょっと面白そうな気はする。
 でも、いざとなったら、ビビって降りられないに決まっているけどね。

11/23/2024, 4:27:34 AM

夫婦

 50年も夫婦をやっていると、お互いの考えていることは分かる。私が食べ物をほおばったままモゴモゴ言っても「はい、醤油ね」と、差し出す。玄関で妻が出掛けにかばんを探っていると「カギないのか?」と聞く。
 寄る年波に、私は、片方が亡くなることを、よく想像する。残された私か妻は、どんな気持ちになって、どんな生活をするか?想像してはみるが、考えられない。
 それでなくても、年々体が利かなくなってくる。前には簡単にできたことが出来なくなっている。妻は最近、極端に食が細くなってきた。私は2階への階段を登り切ると、死ぬほど動悸がする。
 いつかはその時が来る。長く寝付くこともあるかも知れない。認知症になるかも知れない。その時に、お互いを嫌がらずに労れるか。これだけ長く人生を共にした相手だから、どちらかが欠ける、夫婦としての終わりに汚点は残したくない。残したくはないが、はて、どうなるかはなってみないと分からない。本当に分からない。

 

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