シャイロック

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11/14/2024, 9:32:58 AM

また会いましょう

 「また会いましょう」って、なんて素敵で、なんて儚い言葉なんだろう。今度とお化けは出たことがないと言う人が居るが、まさにソレ!未来に期待を持たせつつ、その先は曖昧にする便利な言葉だな。
 本当に会いたかったら、来週は?とか、来月は?とか◯日はどう?などと、具体的な日を提示するはずだ。こちらから「では何時にしましょうか?」なんて野暮なことを聞いたら、ふふと笑われて回答は得られない。
オレは何度それでガッカリしたことか!
 「また会いましょう」なんて言葉は嫌いだ。普通にバイバイって言ってくれ!

11/13/2024, 3:39:53 AM

スリル

高校生のとき、友人と本屋さんに行った。私は歌本付きの「平凡」だったか「明星」だったかを買って、彼女は何も買わずに出てきた。
 本屋を出て数歩で、ここで待っててと、彼女が走って再びお店に入って行った。何か買うものを思い出したのかなと思い、私は素直にそこで待っていた。
 程なくして本屋さんから出てきた彼女だが、一緒に歩いてだいぶ経った頃、制服のベストの下から本を取り出して、
「これ持ってきちゃった」

 万引き???
 私は内心ものすごく驚いたが、その頃リスペクトしていた相手なので、返して来いとも言えず、軽蔑することも出来ず、え?あぁ、そう、などと曖昧な返事をして、何ごとも無かったように歩き出した。
 頭も容姿も良く、良い大学を目指していた彼女が、何故そんなことをしたのだろう?もしもお店の人に見つかったら、えらい騒ぎになるのに、目端も利く彼女が、そこに思い至らないわけがない。スリルを味わいたかった?スリル?
 私は普通に彼女と話しながら歩いていたが、頭の中は大混乱だった。
 以来、彼女とは距離を置くようになった。もしも、一緒にやろうと言われたら断りきれない自分が怖かった。私は、見つかったらたいへんなことになるようなことに、スリルを見出すことが出来なかったから。

11/12/2024, 3:42:53 AM

飛べない翼

 小さい頃、縁側からスズメが飛び込んできたことがある。カラスにでも襲われたのか、片翼でバタバタ転げ回っていて、もう片翼は血が出ていた。
 私は小学校に行かなければならなかったので、その後どうしたのかは分からない。でも、帰宅すると玄関にリンゴ箱があった。昔のリンゴ箱は木で出来ていて、蓋も釘を打ち、中にはおが屑がいっぱい詰まっていて、そこから釘抜きで蓋を取ってからリンゴを取り出すのだった。そのリンゴ箱の蓋の部分に網が張ってあって、そこに今朝の雀が居た。
 手当てをしてもらったのか、その時はじっとしていが、翌朝からチュンチュンよく啼いて、中でバタバタ遊んでいた。
 この子は飛べなくなったとき、何を思っただろう。この先、カラスやヘビに睨まれたら逃げるすべがない。私たち人間が足をもがれるのと同じだ。人間なら、頭脳があるから対策を講じることは出来るが、スズメでは義足も車椅子も杖も無い。「詰んだ」と思ったろう。
 だけど、この子なりの知恵、と言うよりも本能的に人のいるところに逃げ込んだ。それで助けられて、手当てもしてもらい、餌も寝床もある。最良の選択だったね。
 飛べない翼でも、いずれ飛べるようになる。最良の道を見つけて、とりあえず動くことがたいせつなんだな、と、小学生の私は思った。

11/11/2024, 9:16:29 AM

ススキ

 近くにススキ野原があって、いま真っ盛りだと言うので二人で来てみた。
近くとは言っても、家から車で30分以上来て、駐車場からかなり歩いた。

 ふいに視界が開けて、一面のススキだった。
1本1本は地味な草だが、こんなにもまとまっていると、風に吹かれて右へ左へと波のように揺れ、大きな生き物のように見えて不気味だった。私は思わず健二の腕にしがみついた。
「健二、帰ろう」
「もう帰るの?来たばっかりだよ」
「だって怖くなったの、なんか怖いの」
思わず涙ぐんだのを見て、健二は私の肩を抱いて、分かった、帰ろう、と言った。
「だいじょうぶだからね」と何度も囁く。その声に勇気を得て、帰りの小道に入ったとき、私は大きく振り返り、もう一度ススキ野原を見た。
・・・ただのススキたちだった。

 怖く感じたのは何だったんだろう?でも、やはり、ここにとどまって眺めているのは嫌だった。鬱が進みそうな気がした。3ヶ月も苦しんで、やっと抜け出したのだ。もう、あの気持ちはたくさんだ。
 駐車場までの道は、意外なほど心が弾んだ。スキップしたい気分だった。

11/9/2024, 12:15:56 PM

脳裏

 その時、脳裏に浮かんだのは、嫌っていた母のことだった。
「あんたも、母親になったら分かるよ」と、事あるごとに言われていた。でも母になっていないのだから分からない。とりわけ激しく叱責されて、感情的になった母に髪の毛を掴まれて振り回されたこともあるが、そういう時に必ずそう言うのだった。
 私にとって母は、自分の感情を制御できない人間に見えて、言うこともやることもきらいだった。
 長じて、結婚して母になっても、長く分からなかった。子どもは可愛くて可愛くて、反抗されても、その瞬間は腹が立つが、感情的になって殴ったりしたことはなかった。
 「育ててやった恩も忘れて!」という親のセリフがあるが、私は可愛くて守りたくて大切に育てたので、育ててやった、などと思ったことはなく、むしろ生まれてきてくれてありがとうと思っていた。
 そんなある日、子どもが私にこう言った。
「専業主婦って一日中ヒマでいいよね」
主婦がヒマだと思うこと自体間違っているが、私の生き方を全否定する言い方に胸が冷えた。悲しかった。あなたを大切に育てたかったから、結婚前に取った資格も使えない専業主婦になったのよ。でも、そう言ったら、そんなことは頼んでいないと言われるに決まっている。
 流石にひっぱたいてやろうかと思ったが、その時、母の言葉を思い出した。人生で、子育てほど思ったとおりにならないことは無い。自分が努力してもどうにもならないことが多すぎる。
 母の子育てが良かったか悪かったかは別として、少し母の気持ちが分かった。やはり母親になったからなのか

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