体質的に雨が降ると頭痛がひどくなる。
それはもう何年も付き合っているから、慣れてはいるのだけど、好ましいものではない。
自然と俯く頭に、頭痛薬の副作用が拍車をかける。
要は、眠い。
この時期の湿度の高い空気と眠気で、不快指数がかなり高いのに、どうして仕事などしていられるか。
など思ってしまうことはしょうがないと思うのだ。
それはそれとして、雨音はいいものだと思う。
いっそバケツをひっくり返したような豪雨も、
さやかな霧雨も、聞いている分にはとても。
夜になれば、カエルの鳴き声が加わって、穏やかな賑やかさを感じることができる。
だから、この時期は夜更かしをすることが多いのかもしれない。本末転倒感が否めないけれど。
そうして、さらに睡眠時間が減るおかげで、仕事に身が入らないのは非常に問題なのだけど、上記の理由で心待ちにもしている。
少し気が早いが、どうか穏やかな季節を今年も楽しめますように、と短冊でも作ってみてもいいかもしれない。
先日、光の入らない洞窟で過ごした実験についての記事を読んだのだが、その女性は何も見えないことが心地よいとコメントしていた。
視覚に頼る自分とは大違いである。
さて、人間の頭では映像記憶の処理だけにどれだけのリソースを割いているのだろうか。
例えば、赤にも朱色、紅色、緋色など、伝統色だけで優に十を超える名前がある。RGBで表記すればもっとたくさん。
大雑把に赤とまとめるだけでも良いだろうに。
そこには、好きな色を共有したい、という自己満足があるのは否めないのではないか。
面白い仕事をしろよ、とは初めての上司の言である。
ある一定の年齢特有の、好奇心と、これまでの経験と知識から、無から有を産み出すのが得意な人だった。
見た目から想像できないが(失礼な話だが、イカつい顔に金のチェーンはいけないと思う)、几帳面で義理堅く、堅実に仕事をこなしてしまう人だった。
多くの失敗談も聞いたが、それ以上に面白そうだからと飛び込んで、柔軟に仕事に組み込んでしまえる、その姿がとてもカッコよかった。
後を追いたくなったのは、必然だったかもしれない。
そうして飛び込んだ仕事には、やっぱり面白くない事務作業や、やりたくない関係者調整、経験不足でどうにもならない交渉事などなど、ごまんとあって。
今のところ、追い立てられるように作業をこなすだけで精一杯である。
そんな中でも、ほんのひとかけら、面白くするにはと考えてしまうのは、やっぱりその人の影響だろう。
自分よりずっと年上のその人が、新しい知識を吸収するのをやめないから、追いつくための努力を止めるわけにいかない。
本当に勘弁してほしい。
けれど、同じ舞台に上がって、少しでもその人の話の内容がわかれば、もっと面白いかもしれない。
今日も、真似っこをいつか自分のものにできるよう、キーボードを叩いている。
パクられた。
何が、と言えば傘である。なんの変哲もない、一本だけ骨の折れたビニール傘である。思い入れは特にないが、駅から自宅までの15分を思うと頭が痛い。
ほんの一瞬、ドア横の持ち手に引っかけただけなのに、都会って怖いものだ。治安が悪すぎる。
かたたん、と車両の揺れに合わせて隣の友人に体重をかける。
「…おもい。」
「こんな美人に何を言うか。」
「美人なら美人らしく慎ましくしろ。」
「あ、認めた?美人って?」
「やかましい。」
ようやく、眼鏡越しの瞳がこちらを向いた。
さらりと流れる前髪を本人は鬱陶しいと言っていたけれど、癖毛からするとその直毛は譲って欲しいまである。
「ねぇねぇ、駅からいれて?」
「何に?」
「傘。」
「さっきまで持ってなかった?」
「パクられました〜!」
「…もっと危機感持てよ。」
「それで、入れてくれる?」
「パピコ一個な。」
ため息を吐いても、呆れた目をしても、ずっとずっと優しいのを知っている。
綺麗で優しいお嫁さんと、家を出ていくなくことも知っている。
だから、甘えられるうちに甘えようと、そう思うのだ。
「半分ちょうだいね、お兄ちゃん。」
「…しょうがないな。」
探偵事務所に勤め始めて早五年。
事務員兼実地調査員から肩書きが変わることもなく、
ドラマのような殺人事件に行き当たることもなく、
猫探しとお年寄りの御用聞で日銭を稼ぐばかりである。
「しゃちょーう。もうちょっと給料上がりません?」
「バカいえ、俺だってカツカツだよ。
誰だ?こないだの猫探しで不法侵入したのは。
菓子折り持って謝りに行ったおかげで、
こっちは収支マイナスなんだよ。」
「そうは言っても、ここ最近の依頼、
蹴ってばっかじゃないですか〜。」
「うちはな、犯罪に加担しそうなのは受けないのがウリ
なんだ。というか、依頼人の個人情報に聞き耳立てて
んじゃねぇ。」
バインダーの角が降ってくる。
強面も相まって、職質かけられまくってる癖に!
暴力反対と騒げば、更に書類の山が降ってくる。
「そんなに暇でしょうがないなら、暇つぶしできる仕事をやるよ。」
「いらねぇっスヨ。なんすか、これ。」
「空き家の調査依頼。
大手不動産屋がこの辺の放棄されてるを探してんだとよ。ほら、隣町に新しいモールが立つだろ。駅も近いし、ベッドタウンにするんだとさ。」
「ほー。つまり?このクソ暑い中?外?」
「ご名答。働いてこいよ、名探偵。」
ずっとうだつが上がらない毎日が続くと思って疑わなかったのだ。
空き家の真ん中に、上等な毛並みのアリクイを見つけるまでは。