影の遠雷
夕暮れの校庭に
遠く低く、雷が鳴る
まだ来ぬ嵐を思わせるその音は
胸の奥の影を揺さぶっていた
言えぬ言葉 届かぬ想い
笑顔の裏で 沈む孤独
仲間の声に混ざれぬ自分を
遠雷がそっと映し出す
青春とは、輝きばかりではない
不安に濡れた影が
未来を怯えながら見つめる時間
けれど、その震えこそが
やがて光を呼ぶ前触れなのかもしれない
夢は方法を呼び寄せる
月を見上げたとき
人はまだ翼さえ持っていなかった
それでも「行きたい」と願った心が
重力を超える知恵を生んだ
不可能とは
方法がまだ見つかっていない状態にすぎない
我らがすべきことは
「できる範囲」を探すことではなく
「どうすればできるか」を問うことだ
月へ至ったように
未来もまた
私たちの問いの形に従うだろう
灯台守にて
嵐の夜、私は海沿いの灯台に辿り着いた。
灯りの傍らには、長年ここを守る老いた灯台守。
「嵐でも、毎晩灯を絶やさぬのですね」
そう問えば、彼は海を見据えたまま答えた。
「船が来るかどうかはわからん。
だが、誰かが来るかもしれぬ夜に
灯を消すわけにはいかんのだ」
私はグラスに注がれた琥珀色のラムを口に含み、
しばし波の轟きを聞いた。
「あなたの灯は、海を渡る者だけでなく、
陸に立つ者の心も照らしているようです」
老いた男は、少しだけ口元を緩めた。
外では、風が少しずつ穏やかになっていた。
翌朝、私は港を離れ、
水平線の向こうに次の物語を探した。
砂漠の商人にて
真昼の砂漠で、私は一匹のラクダと、
その手綱を握る商人に出会った。
背には宝石の詰まった袋がいくつも揺れている。
「町に着いたら、もっと多くを手に入れるつもりだ」
商人は、砂に反射する光を眩しそうに見やった。
「しかし、そんなに抱えてどうするのです?」と問えば、
彼は少し黙ってから言った。
「重いのはわかっている…
だが、手放すのが怖いのだ」
私は帽子を脱ぎ、
熱を帯びた風にしばし身を任せてから、こう答えた。
「握りしめすぎれば、砂も宝石も同じように
指の隙間から零れ落ちます」
商人は黙り、足元の砂を見つめた。
遠くで蜃気楼が揺れ、
その中に私の次の旅路が霞んでいた。
雪国の宿屋にて
吹雪の夜、私は小さな宿屋の炉端に腰を下ろした。
向かいには、旅を諦めたという若い女性。
「雪が止むのを待っていたら、もう何年も経ってしまいました」
湯気越しに、彼女はため息を落とす。
私は手袋を外し、
銀のティースプーンで紅茶をかき混ぜながら答えた。
「雪は止むこともあれば、止まぬこともある。
待つ間にできるのは、
火を絶やさぬことと、
一杯の紅茶を美味しくいただくことです」
窓の外は、相変わらず白く閉ざされていたが、
炉の炎は少し高く揺れた。
翌朝、私は雪の街を発ち、
足跡を振り返らぬまま、次の駅へ向かった。