『今を生きる』
過ぎた日は もう二度と戻らない
来る日は まだ形を持たない
だからこそ
この瞬間だけが
確かに 息をしている
時計の針に追われるように
未来ばかりを見て
過去にしがみつくように
あの時を嘆いて
それでも――
今、風は頬をなでる
今、光は瞼をあたためる
今、誰かの声が 心を動かす
「まだ早い」と言って先延ばしにするのは
人生を生き損ねるクセだ
生きるとは
いま、ここにいるということ
呼吸する痛みも 喜びも
すべてが生きている証
立ち止まってもいい
迷ってもいい
でも、
今日を感じて
今日を選んで
今日を愛せ
その積み重ねが
生きたと言える人生になるのだから
『飛べ、心よ』
胸の奥で
雷鳴のように 鳴り響く衝動
名もなき願いが
翼を欲しがっている
躓いた日々が
風となり 背中を押す
誰かの「無理だよ」が
今では発射台さ
鼓動が跳ねる
まだ見ぬ明日を描いて
羽ばたける――そう信じた瞬間
地面が遠のいていく
高く、高く、
心という名のエンジンで
世界の色が変わるまで
何度でも叫ぶよ
飛べ、僕よ。
飛べ、今こそ。
『風鈴とてるてる坊主』
風鈴がちりんと鳴った
窓辺で揺れる小さなガラスの鈴
その隣で くすんだ白布のてるてる坊主が
じっと空を見上げている
「明日、晴れますように」
小さな手が願いを結んだのは
いつだったろう
あの日の声も 今は風の中に紛れている
風が吹くたび 風鈴は歌い
てるてる坊主は黙って祈る
音と沈黙――
それでも、ふたりはよく似ていた
誰かの心に寄り添いたくて
誰にも気づかれず ただそこにいて
叶わぬ願いさえ、笑って抱きしめていた
やがて夏が通り過ぎ
てるてる坊主は少し色褪せて
風鈴は 秋の風に冷たく揺れた
それでも、ふたりは離れずにいた
いつかまた 誰かが空を見上げるその日まで
風の中で、そっと待っていた
『心だけ、逃避行のち晴れでしょう』
雨の音にまぎれて そっと歩き出した
誰にも気づかれないように
心だけ 傘もささずに
知らない空へ 逃げ出した
言い訳も 目的地もないまま
ただ、少しだけ 呼吸がしたかった
笑顔の仮面が重すぎて
「大丈夫」の言葉が嘘に見えてきたから
置き去りにした日々は
窓辺に濡れたままの洗濯物みたいに
未練をまとって揺れていたけど
それでも、背を向けて歩いた
そして、気づいた
逃げた先に 雨ばかりじゃないことに
雲の切れ間に 差し込む光が
名前もなく微笑んでいたことに
心だけ、逃避行のち晴れでしょう
予報士なんていなくても
自分の空は 自分で晴らせる
涙が乾く頃には
少しだけ前を向いてる
そんな自分を 誰より信じてみたいから
『あの日の毛色』
あの日の毛色は
やわらかな灰色
雨の前にだけ香る 湿った空気のような色だった
陽のあたる窓辺では
銀に透けて
影の中では 墨のように沈んだ
鳴きもせず
ただ、こちらを見つめていた
問いも答えも いらないと
その目が言っていた
手を伸ばせば届く距離で
でも、心だけが少し遠くて
それが ちょうどよかった
今でもふと、思い出す
もう会えないのに
その毛並みだけが、胸の奥で揺れている
あの日の毛色は
記憶にしか残らない
でも、たしかにそこにいた
静かな ひとつの命