「暮らしの残響」
夕陽が、洗濯物に寄りかかる
風がカーテンをくぐり抜け
誰かの笑い声が 遠くの路地にこだまする
商店街の魚屋が 今日のおすすめを叫び
八百屋のラジオが 季節の変わり目を教えてくれる
誰かが落とした買い物メモ
公園のベンチには 時間を持て余す老夫婦
自転車のブレーキ音と 味噌汁の湯気のにおいが重なって
この街の鼓動になる
きらびやかじゃない
でも確かに、ここで誰かが生きている
それが、
「ただいま」が似合う街の姿だと思う
《マグカップ》
朝の光が まだ柔らかい頃
私は 湯気をまとって
あなたの手におさまる
コーヒー、紅茶、ミルク
それが何であれ 私は知っている
それは 眠気を払うためじゃなく
心にひと呼吸を入れるための儀式
口をつけるそのたびに
言葉にならない思いが
少しずつ 冷めていく
割れることも 欠けることもある
それでもあなたは 捨てなかった
私は ただの器でありながら
あなたの静かな時間の一部だった
棚の奥にいても
ふとした日に また選ばれる
その無言の再会を
私は 待っている
身分なき時代に、
真の高貴はどこへ消えたのか。
地位ではなく、
背中で導く者がいたならば
この国はもう少し、
優しく、強かっただろうか。
『教えられなかった言葉たちへ』
語ろうとした、幾度も
だが口にすればするほど
本質は逃げ水のように消えていった
どうして伝わらない?
なぜ、届かない?
怒りと疲れが、喉の奥に溜まっていく
言葉はあった
けれど、それは「教える」には重すぎた
理解させるには、
あまりに深く沈んでいた
だから、筆を取った
教えることをやめて
物語に預けることにした
誰かに伝えるのではなく
誰かが自分で気づくために
語らずに語る
教えずに導く
光のような、影のような、
静かな旅を紡ぐために
この手は選んだのだ
「小説家」という
孤独で、温かい、
語りの道を
愛は、叫びではない
誰かを奪う力でも、所有の証でもない
それは
黙って背中を預けられる場所
嵐の夜に灯る ひとつの灯火
涙の意味を尋ねずに
そっと手を添える仕草
愛とは、
「わかるよ」と言う代わりに
わからないまま、そばにいる強さであり
すれ違いを繰り返しながらも
そのたびに歩み寄ろうとする、
意志の継続
美しい言葉で飾られた愛は
風にさらわれやすいけれど
日々の沈黙の中にある
名もなき心のやりとりこそが
真の愛を育てていく
愛は、証明しようとするほど脆く
与えたときより、
信じたときに深くなる
そして何より、
自分自身をも 否定せず抱きしめる力が
誰かを本当に愛するということの
始まりになるのだ