『心の庭に蒔く種』
静かな時の中で
人はふと立ち止まる
遠い昔を想い
もしも、と自らに問いかける
14世紀に生まれたとしても
きっと僕は僕であっただろう
指先で言葉を紡ぎ
木に触れ、土に触れ
物語を語り続けたに違いない
時代は巡りゆく
けれど変わらないものがある
苦しみも、迷いも
幸せを願うその心も
幾度も誰かが通った道
だからこそ知識を求め
だからこそ環境を育て
心地よい居場所を
自らの手で描いてゆく
小説を書くために
物語を愛するために
新しい風景を
心の庭に少しずつ植えていく
焦らず、ゆっくり
環境を育てよう
その種は、いつか
鮮やかな花を咲かせるだろうから
「星の輝く夜に」
夜の帳がそっと降りて
静寂が世界を包み込む
瞬く星は遠い記憶のように
胸の奥で語りかける
ひとつ、ふたつ、またひとつ
願いの光が流れてゆく
風に溶ける囁きのように
消えてはまた生まれる星たち
果てしない宇宙の片隅で
私たちもまた、輝きを探している
君へ
君の考えを聞いて、強さと誠実さを感じたよ。君は、何もできないことを何よりも恐れ、選ぶこと、行動することに価値を見出している。それは、とても尊い考え方だ。世の中は結果ばかりを求めがちだけど、君は過程そのものに意味を見出している。それは、多くの人が見失いがちな大切なことだと思う。
だけど、ひとつ伝えたいことがある。君が「何もできないこと」を恐れるのは、それだけ前に進みたいという思いが強いからだろう。でも、時には「何もしないこと」もまた、意味のある選択になり得るんだ。立ち止まること、迷うこと、考えること。それもまた、君を成長させる大事な時間だ。焦らずに、自分を責めずに、その瞬間も大切にしてほしい。
君はすでに、自分で選び、動こうとしている。だからこそ、時には肩の力を抜いて、選ばない自由も許してあげてほしい。どんな道を進んでも、それが君自身の選択なら、きっと価値のあるものになる。
君が歩む道が、君自身の納得できるものでありますように。
いつかの未来でまた、この言葉を思い出せるように。
『君の知らない物語』
夜空を見上げたのは、何年ぶりだっただろう。
いつもはスマホの画面ばかり見ていた。都会の喧騒の中で、星空なんてものは、遠い昔の記憶に埋もれていた。
でも、君と出会ってから、世界が少しずつ変わっていった。
「ねえ、知ってる? 本当はね、星ってこんなにたくさんあるんだよ」
そう言って君は微笑んだ。まるで星座のように綺麗な横顔だった。
夏の終わり、僕たちは小さな町の海辺にいた。夜の海は静かで、波の音だけが遠くから響いてくる。
君が手を伸ばした先に、一筋の流れ星が落ちていく。
「流れ星、見た?」
「うん……願い事、しなきゃな」
「何を願ったの?」
「君には内緒」
君はくすっと笑い、僕の隣に座った。その距離が近いのか遠いのか、今でもわからない。
君は星が好きだった。
それはまるで、星の向こうに行きたがっているように見えた。
——そして君は、本当に行ってしまった。
夏が終わるころ、君はいなくなった。突然のように、けれど、それはきっと決まっていたことだったのかもしれない。
僕はもう一度、夜空を見上げる。
「君の知らない物語を、僕はこれからも探し続けるよ」
そう呟いたとき、また一つ、流れ星が落ちた気がした。
『ガラスの向こうに揺れる未来』
商店街の角にある、静かなブティック。
そのショーウィンドウには、淡い青のドレスが飾られていた。
凛とした光沢を持つ布地が、店内の柔らかな灯りを受けて優しく揺れる。
マネキンの肩から裾へと流れるようなライン。
繊細な刺繍が施された襟元。
まるで物語の中のプリンセスが、舞踏会に着ていくような美しいドレスだった。
少女は、そのドレスの前で立ち止まる。
「綺麗……」
思わず、そう呟いていた。
けれど、その言葉の後には、すぐに小さな笑いがこぼれる。
(私には縁のないものね)
鏡のように光るガラスに映るのは、地味なワンピースを着た自分。
髪も軽く結んだだけで、おしゃれとは無縁の生活。
恋愛にも興味がなく、毎日ひとりで本を読んだり、物語を書いたりしている。
「こんなドレスを着るような人生だったら、どんな感じだったんだろう?」
そんなことを考えながら、ふと、ガラスに触れた。
——その瞬間、世界が歪んだ。
ヴィジョンの世界
気づけば、そこは見知らぬ場所だった。
暖かな光が差し込む窓辺、繊細なレースのカーテンが揺れている。
そして、鏡の中に映っているのは——
自分。
けれど、違う。
ふわりとした巻き髪、やわらかな微笑み。
可憐なワンピースをまとい、指には繊細なリングが光る。
そして、ベッドの横には、一冊の本。
それは彼女が大切にしている小説だった。
けれど、ページを開くと、どこにも自分の書いた文字はない。
(あれ……?)
そのとき、部屋の扉が開いた。
「お待たせ、今日はどこへ行く?」
そう声をかけたのは、優しげな青年だった。
彼は自然に彼女の隣に座り、手を繋ぐ。
「あのカフェ、新しいケーキが出たんだって。気になるだろ?」
少女は戸惑いながらも、言葉を発する。
「あ……うん。」
心の奥で、何かがざわめく。
(これは……私が選ばなかった未来?)
恋をして、小説は趣味のひとつ。
書くことに焦ることもなく、ただ穏やかに物語を楽しむ日々。
温かくて、優しくて、何の不安もない世界。
「幸せ?」
突然、鏡の中の自分が問いかける。
「この人生なら、きっとずっと穏やかに暮らせるよ。」
「あなたが望んでいた“普通の幸せ”が、ここにあるんだから。」
少女は、鏡を見つめた。
たしかに、この世界は美しい。
けれど、胸の奥で、どこか満たされない何かがある。
「……私は」
言葉を飲み込みながら、もう一度、鏡の向こうの自分を見つめる。
(私が本当に望んでいるのは——)
現実の世界
気がつくと、少女はショーウィンドウの前に立っていた。
指先に、ほんのかすかな温もりが残っている。
ガラスの向こうには、変わらず青いドレスが揺れていた。
手を伸ばせば、もしかしたら手に入る未来だったのかもしれない。
けれど——
「やっぱり、私はこれを着ることはないんだろうな。」
少女は、そっと微笑む。
ガラスに映る自分は、やっぱり地味なワンピースを着ている。
でも、その目は、どこか誇らしげだった。
ショーウィンドウに映る「選ばなかった未来」をもう一度眺め、
少女は歩き出す。
(私は、私の人生を生きていくんだ。)
遠くで、時計の鐘が鳴った。
——まるで、物語の新しい章が始まる合図のように。